第52話 カブトムシ
「そういやぁ、高峰さんのお父さん、自衛隊員でしたっけぇ?」
安田が尋ねると、高峰さんは頷いた。今日初めての二人の積極的な会話。いやはや、なんで安田は高峰さんの個人情報持ってんだか。常に三桁通知が来る、規模の交友関係を築いてるし、無駄な人脈から仕入れて来てるんだろうな。その情報網に、高峰さんは参加していないが、別にハブられているとかではないらしい。
高峰さんは俺らを一瞥し、『それでは、また明後日』と言い歩き去った。残された二人は立ち尽くす。隣の馬鹿は何も考えてないし、俺も呆けていたので、身の回りの空間と時間がえらく間延びして感ぜられた。俺達は、二人でいると、締まらない。
「お前、高峰さんのこと、苦手か?」
「苦手と言うよりぃ、怖えよ」
それは相手も思ってるだろうよ。
「そうか、ならばそれはきっと、お互い様だな」
誰にだって苦手はある。誰とでもやっていける安田でさえ、苦手はあるんだし。自分も、一人くらいいてもいいが、さて誰だろう。頭に三人の女性が浮かんだ。七咲はその枠から外してもいい気がする。家庭科のばばあは苦手だ。あとは、そうだな。このまま、ぼぉっとしていても、時間を無為にするだけなので、進路を決めることにした。
「まず、図書館から攻めてみようぜ。朝、聞いたところによると詩丘さん、図書館に用事があるとかなんとかなんだとよ」
「オウッケイ! 見つかるまで耐久でぃ!」
かっちりと敬礼する。気合十分だ。威勢がいいのは今だけで、どうせ十分もすれば、『帰ろうぜぇ』とか言い出す、そんな予感がする。
特別棟を出るため、連絡橋の真下をそれが落ちてこないか心配しつつ、くぐり抜ける。朝方、七咲が腰を下ろしていた吹き抜けの下を通り過ぎ、早朝、詩丘さんと別れた下駄箱に差し掛かった。それぞれは、直線上にある。
「まだ学校にいるみたいだな」
来客用の下駄箱に揃えられた黒い靴は脳みそがまだ覚えていた。間違いない、詩丘さんの。記憶力は高校生の特権。
下駄箱横の廊下から、突き当りを左に進むと行き止まり。袋小路には、擦りガラスが填め込まれた木製の引き戸が、その先は図書館である。因みに、図書館の真上は、職員室だったりする。変わってんな、これでこそ西高。初めて来た詩丘さんが迷うのも無理ない。六年前の改修以前は、もっと分かりやすい位置にあったらしいがな。現在は校内認知率最低を記録するまでである。改悪だなこりゃ。図書館の戸をガガガっと引こうとするが、閉まっていた。
夏休みは開いてない日もあるんだっけ。ってことは、……………… 詩丘さんドンマイ。あの人は一度『行けません』と言ってしまったら、そうせざるを得ない、そんな性格の持ち主なのだ。可哀そうに、他を当たるかな。校内調査もまだだ。
「それにしてもよぉ」
「なんだ」
「詩丘さんって、転校生なんだろぅ?」
『だから何だ、そこをどけ』と脇を抜けたかったが、腕を広げて妨害してきた。俺も意地になって、鏡写しでやって見せたが、ゆらゆらとお互いの幅を図り合う運動は、昆虫の求愛みたいで、とても不毛に感じたので即座に中止した。原始的な勝負では安田に勝てない。
「転校生だな」
「なら振り分け何組だろうなぁ」
「俺らと一緒のクラスになれるといいよな。今回の件があって、一番知り合いが多いの、B組だろうし」
学級長は、それを見越して脚本を依頼したに違いない。サプライズとして、担任に口止めされてるだろうが。もっとも夏休み中『どんな野郎か、どんな野郎か』と騒がれるのも辛いだろうし、賢明な判断だ。
「詩丘さん、Why-netに組み込まねえとなぁ」
「まだ言ってんのか」
適当にでっち上げた架空の情報網。この話題が出てくるということは、コイツも、いよいよネタ切れか。つなぎの材料みたいな扱いである。決してうまくならないのが欠点。
「ほぇぇえ~、暑いぃぃい」
と安田は唸る。見ると耳が赤く透けている。昼下がりの校内は、何から何まで、強い日差しから白飛びしていた。七月上旬、夏真っ只中。暑いのは当然だ。灼熱。
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