第53話 繰り返し

 階段を踏破したり、踊り場で立ち止まったり、相方と小競り合いしたりで、そのすぐ隣を時間が静かに流れ落ちていく。左側の住人は、歩き始めて十分をすぎた辺りから、思考を放棄したゾンビに朽ち果てていた。熱気が肉の腐敗を促進したのだろうか。


「前半の飛ぶような探検ムードはどうした。上昇気流に押し上げられて、太陽にでも焼かれたか。おい、お前」


 翼を焼かれたアホウドリは終端速度で墜落中である。


「んなこと、するかぁ。あぁ、もう帰ろうぜぇ。もう収穫ねえよ」

「まだ、四十分ちょいしか探してないが」


 時計を見ると、一時二十三分だった。123か、悪くない。数字なんて意味ないが、偶然に必然を見出してしまう人の性だ。


「図書館に居なかったら、地球上のどこにもいねぇよ」

「バイナリ思考か。いや、語弊があるけどさ」


 0と1でも曖昧な計算は出来るから。はてどうだろう、有限の計算能力じゃ無理か。言い切るには学がなかった。


「さっきさ、下駄箱で詩丘さんの靴を見た。だから校内には、いるはずなんだよ。校舎、そんなに広くないから、すぐ見つかるだろ」


 そうはいうものの、もうほとんど回ったのだがな。今は二週目である。がしかし、彼女はどこにもいなかった。入れ違いになっている予感がする。ぐるぐると同じ場所の繰り返しで、狂いそうだ。

 安田の、横顔から目を離し、前を向くと、廊下がなんの面白みもなく続いていた。窓から見える天気は真っ青で暗い。小さな雲がたった一つでも、お日様にかかれば、どれだけ他が晴れていようが、全てを翳らせてしまう。その性質は、憂鬱に俺に迫った。まるで人生のようだからだ。


「なんか、ぶらぶらしてると、日常ってかんじするよな。何も起こらない意味のない繰り返し。毎日に数字が振られてたら、きっと、おなじ数が連続するよな。なあ、お前は、同じ数値が並んでたら、どう暗記するか。俺なら、その数字とそれが連続した数だけを覚えるね」

「同じ数字? 同じ日なんてねぇぜ」

「そうなんだろうがさ。その差異は小さすぎて、切り捨てられるんじゃないかって話。ほら、去年を取ったって、行事以外は思い出せないだろ。代り映えのしない日がずっと続けば、その期間は圧縮されて、同じ一日としてしか残らないんだよ」


 真上から見たバネ状構造の日常は、ピタリと閉じた、それだけで完結する輪っか。それ以上でもなく、それ以下でもない、それがすべての円環。


「ほーん」

「それどころか、人生は密度かける時間で、その式が正しいなら、密度が零の時間は無になる。無意味な時間を過ごせば、その時間による積み重ねもまた無意味なのかもしれない。年の功より亀の甲だ」

「わかんねぇなぁ。それはたとえで事実ではねぇ。分母が揃えられてない分数を、足し算するようなものだぜぃ」

「急にまともになるなよ」


 そんな返しを期待していたのではない。俺がお前に求めてるのは、理論だってない雑談だ。


「まぁよ、確かに去年は退屈だったけどよぉ。もしかしてアレかぁ? 現文でやった、漠然とした不安かぁ?」

「いいや。要約すると、このまま卒業したら後悔しそうだな、って話だ」


 今でさえ節目しか思い出せない毎日。何十年も経って、思出せる一枚はあるかな。ないなら、それは最初はなからなかったと同じ。このくだらない位相をずらせなければ、青春など無かったに等しい。


「じゃあよぉ、気づいたこの日がターニングポイントだぁ! 今日から毎日が一冊の本になるような、んな日々、送ろうぜぇ!」


 『非・劇的より、悲劇的にな!』と続ける。


「いや、悲劇は嫌なんだが」

「でもショートショットで悲劇なら、ロングショットじゃ喜劇だぜ」


 それがお前の道徳なのかもしれんが、元ネタと微妙に違うしそれ。そうはならん、そうは 。


「じゃ! まず資料室で休むとこからだぁ! 第一章、資料室での休憩」

「それは、お前の願望だ」

「あてもなく歩き回るのは非効率だろぅ。それにほら、クーラー効いてんじゃーん」


 なぜか扉が半分開いたまんまの教室、頭上のプレートには資料室とある。ここに詩丘さんがいれば、万々歳なんだがな。そうだ、ついでで資料室なら、爆弾の記事を調べられるじゃないか。大掃除で消費されてないといいが新聞紙。

 

 寄ってみる価値はあった。

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