第47話 では、状況を整理しましょう


「諸君、雑談もいいが映画の方も、どうにかせにゃならんだろう? 個人的には終盤の改編を計画しているんだが。最後は視聴者に投げるんじゃなくてさ、作品内で完結させようと。そうすりゃ、後味もマイルド。ううん、デリシャス」


 俺の呪文詠唱が止むと、山崎がそう提案した。映画に賭ける情熱は本物のようである。疑ってもなかったが、雑談をも良しとしないストイックな姿勢には感心する。


「そうですね。そうしましょう」


 学級長が答える。俺も会話に参加しよう。


「ええと、確か探偵を選び出すんだよな」


 詩丘さんの挑戦状では、探偵を選出することが要求されていた。犯人じゃなく、探偵を探せ。安田は、くたくたによれた萌やしを頬にくっつけながら、疑問を口にする。もやしは食えるのな。


「でもよぉ、なんで探偵なんだろうなぁ? 普通、こうゆーのってよぉ。犯人を見つけんじゃねぇの」

「たしかにいー。じゃあさ、最後のとこ、犯人探しに変えちゃうっての、どうかな?」


 安田の発言は結構、本質を突いてるんじゃ、ないだろうか。わざわざ犯人でなく、探偵を指定する理由とはなんだ。案外、奇を衒っただけで意味なんてないのかもな。だが、そのあとに続いた、クソ幼馴染の案が採用されると面白くないので、難癖を付けることにする。


「落ち着け七咲、早まるな。探偵を探すことに、仕掛けがあるのかもしれない。まあでも、どっちにせよ犯人探しから始めた方がよさげか。したらおのずと探偵に相応しい人物とやらが絞り込めるか。七咲、取り敢えず、落ち着けよ」

「いや、別に落ち着いてるわ」


 いや、まさに今落ち着いてないじゃん。平静ならなんで身を乗り出して、俺の鼻の穴を箸で突こうと準備してんだ。持ち場に戻れ、戻れ。


「それじゃあ、状況を整理しましょうか」

「ん、頼んだ」


 学級長に情報の整頓を任せる。俺は書き留めるべく、食い終わった弁当を片付け、筆箱からシャーペンを出し、メモの準備。丁度、台本の裏面に余白があるので使わせてもらおうか。端っこが反りかえってウザいので、筆箱を重しにする。そんな俺に、安田が訝しむような視線を送ってきた。睨み返す。


「なんだ? あ?」

「弁当、もう食い終わったのか? はぇえな、おい」

「別にいいだろうが、俺の勝手だ」

「ピーマン食うか?」

「……………… お前は子供か」


 アスパラといいレタスといいピーマンといい、お前の弁当、食物繊維が多すぎ。そのことについて、山崎に意見が欲しいので、そちらを見ると、箸をおいて監督用の台本に持ち替えていた。そうして、『準備完了』とのことだ。グッジョブを送ってきたので、すこし遅れてから、グッジョブを返した。


「おい、それに犯人とか載ってないのか?」

「監督用指示書にか? う~む、書いてないな。俺達には教えてくれても良かったと思うが、どうなんだろうか」


 詩丘さんネタバレ気にしてたよな、と朝の記憶が海馬から滲む。山崎はそれを踏まえても、ということを言いたいのだろう。すると、オオボエのように喉仏を震わせた。太っちょ特有の低音。


「関係ないこと聞くが」

「なんだよ?」

「そう言えば、詩丘さんって、どんな人だ?」


 ふむ。如何せん、最後に話してから時間が経ちすぎてるから、不鮮明な像しか浮かんでこない。そもそも人生で三時間もしゃべってないし。そうだ、と文の頭を発声したとき、学級長が何か言おうとしたので、彼女の話を遮る形になった。


「高峰さん。先いいっすか?」

「あ、大丈夫です」

「そうだな、詩丘さんは大人びてるってか、しっかりしてるってか、———————— 、でもどこか飄々としてるんだよな。そんな人だ」

「へえ、そうなのか。全く分からん。ま、それは置いといてと、本題に入ろう」


 どんな本題の入り方だ。お前が聞いてきたんじゃねえか。


「物語の進行を箇条書きにしてくれ。友田、任せたぞ」

「俺の名前は紙川だけどな、映画に引っ張られてるぞ。箇条書き? 分かった、了解した」

「そうですね、紙川さん、まず嘉陽さんを発見するところから整理していきましょうか。階段を登って屋上の扉を引く。すると嘉陽さんが倒れていました」

「うん、書いた」


 『嘉陽さん→階段を上がる→屋上で発見される』。裏面に一行追加。もういっちょ、『主人公一人で発見』。こんなもんか。


「あのさー、なんで屋上に行ったのか、理由も欲しいんじゃない?」

「うす、いじめの相談。ほらよ、これでいいだろ」


 『それは夕方のことだった。相談がかくかくしかじかで、手紙で呼び出された。相談の内容はいじめ』これでいいんだろ、七咲さんよ。


「は? そうとは限らないんですけど。もしかしたら、いじめの件じゃなくて、本当に主人公に向けたラブレターだったのかもじゃん。そうゆーとこだよ、紙川(笑)」

「お前なら果たし状確定だな」

「へー、ディスリスペクト? えーっと、桜さん、小五の春、手紙。桜さん、小五の ………」

「すいません、前言を撤回します。七咲さんならファンレター確定! 万歳、七咲、万歳!」


 バンザイ・サンショウ・デ・ラ・ナナサキ。クソッ、七咲の記憶を消したい。思えば幼稚園からの腐れ縁だ。指摘を受け書き直す。『手紙→ラブレターの可能性有(注釈・七咲なら果たし状確定)』


「んでさー、嘉陽さんがどうなってたかも書いてないじゃん。はっ、使えな!」

「中学生、体育館倉庫、石灰。中学生、体育館」

「わー、わー、わー」


 書き足す。『嘉陽さんは塔屋の壁、扉の近くにもたれかかって死んでた。その右手には、殺虫スプレーが落ちていた』。おお、充実してきたが、それに反比例するように飽きてきた。 学級長がそのリストを、のぞき込む。


「紙川さん、殺虫スプレーって、—————— ミステリでいう、チェーホフの銃なんじゃないですかね」


 チェーホフ。どこだ、いや誰だ。


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