第46話 弁当箱、コズミックホラー
「そうか、アイツが死んでからもう半年も経つんだな。卒業式には遺影持ってこうか。そんで、みんなで手ぇつないで卒業ってさ」
どうやら山崎は、誰かを勝手に殺したようだった。なんだ、この最終回感。しかしながら、これはただの茶番である。それに夏休みは、終わりの対極にある。
「う゛うぇ、うう。山崎君、そうだね。そうしよ」
七咲が嗚咽をした。さすが演劇部って、じゃない。
「がみがわーーー!」
急に安田が叫ぶ。下手だなおい、いや、おい、なんだよこれ。
「その元気を撮影に使え。あと、勝手に俺を殺すな。それとビビるから急に叫ぶのも禁止だ。固く禁ず」
「注文が多いなぁ。一つに絞れ、一つによぉ」
「なんでお前はいつもそんなに偉そうなんだ。遺影になれ」
拒否権はない。
「そっかー、そういえば来年はもう卒業なんだね。早いねー、美麗ちゃん」
美麗ちゃん? 七咲は唐突に謎の人物に話を振った。ツッコミ待ちかな。
「来年ですか。……………… 来年は受験ですね」
嗚呼、学級長の下の名前だったか、台本を渡すとき見たな。七咲にツッコまなくて正解だったぜ。ギリギリセーフといったところか。しんとしたので、辺りを見回すと、心なしか教室の空気が重い。美麗さん、受験は馬鹿ばっかのこの空間では、パンチラインが強すぎたな。恐るべし、学級長である。
小芝居がようやく閉幕したかと思えば、各自、無言で机を運び出す。なんで無言なんだよ。俺は、机を中央に配置した。安田は俺の左隣に、高峰さんは俺の正面に机を付ける。七咲は高峰さんの右隣で、男女の為す列をまたぐように山崎が机を設置した。つまりそう、山崎と俺で安田をサンドイッチする陣形。この位置関係にはグループの深層心理が隠れていて、それは、友達の友達がどうたらこうたら。
「いただきまーす!」
「ウィーっス」
「いただきます」
「うぃす、いただきい」
七咲が先陣を切ると、三人は立て続けに食べ物への感謝を伝えた。思い思いにいただきます。何気ない所作に個性が出る。
「いただきまーす」
無難に行こう。
さて、青い中東柄の風呂敷を広げ、いざお弁当。クラゲみたいに半透明な蓋をはがすと、生臭さと共に、単色の中身が顔を出した。単色・タンカラー・茶色だ。生姜焼き・ブリの照り焼き・白米が内容。食物繊維はどこだ?
「うぉ、お前、弁当に肉しか入ってねぇじゃん。これやるよぉ、嫌いだから」
安田は器用にアスパラガスを五本掴んで、俺の弁当に放り込んだ。嫌いだからと、俺に処理をさせるのはいかがなものか。栄養素の偏りで明日にでも死ねばいいのに。それに俺もアスパラは苦手だった。
「俺の弁当は三角コーナーか、それともゴミピットか? まあ、もらっとくけどよ。野菜ないと苦痛だしさ。ありがとよ」
「お野菜戦士、野菜ナイト」
「………………………………」
「紙川さん、では自分で作ってみては?」
逆鱗に触れたのか、学級長に怒られる。そうだな、正論です、言い過ぎました。それに俺が作ればこんな惨めな気分にはならなかったぜ。暗い気持ちが絡みつく。
「教えましょうか。お弁当、作り方」
「教えてくれるのか?」
それはいいな。是非、教えてもらおう。夏休みの予定は、この映画製作以外は入ってない。誰が書き足してもいい白紙。いい暇つぶしになるだろう。
「……………… やっぱ、止めときます」
なんだよ、そのフェイント。さっきからドイツもコイツも、まったくなんなんだ。俺をおちょくってるのか。集団いじめにあってる件について。
「こんなのに教える義務なんてないよねー。料理もできない男は引っ込んでろってさー」
「家庭科、親子丼、砂糖。家庭科、親子丼、砂糖。家庭科、親子丼、砂糖」
俺は箸を置いて、天井を見つめながら、呪詛のように高速で唱えた。それを聞いた七咲はギクッ、みたいな顔を作る。お前が家庭科でやらかしたことは、一生忘れない。喰らえ、B班の呪い。
「いやー、まさか小さじ一杯とはねー」
どうやったら、そこから十倍された値が出てくるのか、理解の範疇を超えてるぞ。目を離した隙にだったもんな。他にもいろいろ失敗してるし。家事、向いてねえよ。
でもそうか、この弁当は食えるだけマシだったんだ。ありがとよ、今日の弁当が、あのタイヤみたいな親子丼のお陰で、相対的にマシと思える。しかしながら、砂糖でタイヤ味にするとは、これは一体。
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