第14話 七咲^3


 そんな感じで下駄箱から左に伸びる廊下を、三人は横一列で歩く。しばらく進むと、右手にあった壁が途切れ、円形の吹き抜け構造が姿を現した。ここの変わった階段を登り、中央棟二階の手前の教室。そこがB組で待ち合わせである。

 変わった階段、本筋から明らかな脱線であるが解説しておく。そうだな、上底が下底より短い台形を想像してほしい。坂になってる辺が階段で、上底は踊り場だ。踊り場の奥行きは、階段の横幅の二倍とちょっと。そのちょっとは手摺の幅。踊り場の奥に階段が、線対称に生えている。


 解しがたい。さらば、こうしよう。


 真正面から見るとXの中心を地面と水平に伸ばした形。鳥瞰してみると、Hの真ん中の線 、踊り場に当たる、を太くした感じ。西高ってヘンテコだぜ、校舎の形がイってる。さらに変なことに、吹き抜けの真下は、天井と同じ形に一段下がっているのである。その段差、吹き抜けと廊下の境のその段差、ちょこんと座ってパンを食んでいるのは、………… 大なことに幼馴染の七咲美咲だった。朝日に照らされて、違法茶髪がより鮮やかに発色している。たれ目で自称天然茶髪は猫毛、容姿は俺的には普通、そんな幼馴染だ。見るからにおとなしそう、そして容姿は俺的には普通。だが、ちょっと待ってくれ。

 まず茶髪。天然だと主張しているがそれはない。こいつは中学の頃まで真っ黒だった。持ち主の心がグラスファイバーみたいに、髪の毛の中を走っていた。

 次に髪質。大人しそうな技術職の父親、その遺伝子を色濃く受け継いだ直毛だった。ウェーブではなかったな。持ち主と反して、竹を割ったような真っ直ぐさであった。強いて言うなら『反して』の部分が似てるな。騙されてはいけないのだ。安田風に言えば、それは『花に擬態した蜘蛛』。


 解しがたい。ならこう。


 『デイジーが塗装された、デイジーカッター』。これならさっきの方がいいな。まあ、とにかく気を付けろ騙されるな。ぬぉ、安田が不用意に近づく。


「オーッスっす、七咲さんじゃないスかぁ。おはよっス。それ、パンっすかぁ?」


 なんだそのスかした口調。パン以外に何に見えたのだ。


「安田君、おはよー。これ? そうそう、パンだよー。早く学校についちってさー。鍵もないし、閉まってるしー。なかなか来ないから、パン齧ってたんだよねー」


 先制攻撃、ボムアウエイ。まず接近してから、旋毛の雷管を親指で押す。身長が逆転する前は、よく旋毛をこんな風に押されたものだ。次にこう言い放つ。


「太るぞ」

「あ゛ぁ? 今なんつった?」


 下から睨みつける眼光は完全にネコ科のそれだった。隣の安田はそんな豹変を見て目を丸くしてる山崎もだ。ふっふっふ、かかったな七咲。いいか、これがこいつの本性だ、と言おうとした矢先に、七咲も仕掛ける。


「っあ、ちがうよ。安田君。こーゆーネタだからね、ねー、紙川」


 ッ無駄な抵抗。こっちも足掻く。信管を叩いて渡るという奴だ。慎重に慎重に叩け。さあ、深呼吸。


「……………………………… スゥーーーーーーー」

「早く同意しろよ、なあ」


 なんだか、イライラしてるらしい。これはどうしてか。さらに深呼吸を延長して、考える時間を増やさないと、わからなんだな。

 

「……………………………… スゥーーーーーーー」

「安田君、なんども言うけど、こういうネタだからね!」

「っあ、そーゆー。流石ぁ! 時期演劇部部長候補!」

「いやいや、それほどでもー」


 安田は見捨てるしかなさそうだ。なんて悲惨な末路。でも山崎、お前は信じてるぜ。


「お゛お゛っ、お世話になってます。姉貴ぃ゛」

「え? 山崎君、ネタだよね。ソレ」


 駄目だコイツ等、救えねえ。俺は二人の救出を断念した。爆撃機の黄色く丸い照準から、眼を離して、次なる目標に向かうことにした。次の獲物は誰だろう。


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