第15話 鷹の目、学級長


 馬鹿三人は七咲を先頭にワイワイと例の階段、階段上に七咲の背中が揺れていた。広めの肩幅と下半身の動きが、牛とか馬とかにそっくり。


「後ろから見るとごつくなったな」

「へー、紙川、死にたいんだ」


 階段上から放たれた、七咲の後ろ蹴りが俺の頬を掠め、『うぉ』と安田が声を出す。察するに見えたんだろう。よかったな。


「七咲、落ち着け」

「いや! お前のせいじゃい! もう墜ちろ!」

「まったく仲いいな、七咲君と紙川って。まったく羨ましい。おらさぁ、幼馴染いないから」

「羨ましい? 山崎、お前に自殺願望があったなんて驚きだな。悩みあるならいつでも相談乗るぞ」

「自殺願望はないな。死んだら食べることが出来ない」

「はぁよぉ。そういや、七咲さんと紙川って、同中おなちゅうでしたっけ。ふあああ」


 安田は眠そうに欠伸した。コイツの言う通り、同じ中学校だな。そうさ、同じ中学校だし、同じ小学校、同じ幼稚園で、そして、もちろん同じ高校である。同じ大学かどうかは俺の頑張り次第だ。


「そうだよー、安田君。幼稚園も小学校も同じ幼馴染。もう患って十六年かー」

「奇遇だな」

「んだとてめー。しにてえか?」

「いや、お前が言い始めたんじゃん」


 踊り場で百八十度ターン、つまり折り返しになる。踊り場から見える立体的な縦へ続く空間の広がりが、学校のすべてが非日常的に見えた一年の春を想起させた。もはや見飽きたが。しかしながら、今なら夏休みの校舎にその名残を見出せそう。四人だけの登校は、それほど新鮮であった。この三人+α、これほど仲がいいのに、朝は揃わないのである。


「七咲、鍵ないんだろ。先、職員室行くか」

「でも高峰ちゃんと入れ違いなってないか確認してからにしてよ。ほら、一度教室確認してからさー、私ずっとホールにいたし」

「なんだ、その気の抜けた声。猫被ってるだろ」

「違いますけど。誰かさんがイライラさせるから、誰かさんの前では口が悪くなるんですけど」

「大変だな、そりゃ」

「う? お前だよ」

「教室電気ついてまっせ、姉貴」

「ほんとだ、ありがとね山崎君。ありゃー、失敗。じゃー、別ルートから登って来たのかな。階段沢山あるから、入違いれちがっちゃったなー」

「いやぁ、七咲さん。やっちゃいましたね」

「なんで嬉しそうにしてんの。は? 高峰ちゃんに報告しとくわ」

「おいおい、いじめんなよ。可哀そうだろ」

「え、へ? なんで私がいじめたみたいになってるワケ?」

「自白したぞ。やっぱりな。一人で教室に残されて、高峰さんも可哀そうに」


 先頭を歩いていた七咲は突然、階段中腹で振り返る。上からにこやかに胸の前で手の平をスタンバイさせた。うーん、暴力かな。


「ねえ、手押し相撲やろーよ」

「興奮すんなよ、冷静になれ」

「いや、他人事みたいにいってるけど、貴様のせいだシね。報いろ、畜生」

「残念ながら俺は畜生じゃない、なぜなら徳を積んでるからだ」

「さらば、徳に報いろ」


 どういうことだ? まるで意味が分からんぞ。これはもしかしたら、ひょっとすると、もしかしたらだが、まさかとは思うが、七咲は怒ってるのかもしれない。外面如菩薩内心如夜叉げめんじぼさつないめんにょやしゃが道を阻んだ。それにしても漢字だらけで不良な感じ、見栄えだけで判断すると、この表現は的確だったな。


「へい、代わりにぃ、俺とやりましょう!」


 俺の代わりに安田が躍り出た。止めとけと辞めとけ。


「アハハハ。私今、手汗凄いし、それに階段だと危ないから、ほりゅー!」

「うっす!」


 おい、それでいいのか安田。七咲はまた昇り始める。怒りはどうにか収まってくれたようだ。階段を登り切りスクエアライト、次に待ち受ける十字路はレフト2で行く。勿論その間、七咲にはトリプルコーションである。待ち合わせのB組で減速。その木製の戸を引いた。


 ”右に引く”

 う、眩しい。


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