第16話 楽屋入り
斜めに射しこむ生まれたての陽が顔面を照らす。目を傷めないように細目で室内を見ると、教卓を背中に屹立する女子生徒のシルエットが浮かび上がった。ここからだと、暈が射してるように見えるし、視界の瞼が黒帯なら映画な一コマにもなる。
そして、その腕を後ろで組むいかにも体制なポーズに見覚えがある。某高峰学級長の癖なのだ。どうでもいいことは覚えない性格だが、自分が惹かれるもの、例えば人の仕草とかには敏感でね。大抵の人間はシルエットだけで当てられる。もっとも、この時間に、この教室にいるのは消去法で一人。変なおじさんが『やぁ』とかはまずないし、決してあってはならない。
「学級長、おはようございます」
「—————— 紙川さん、おはよう」
と、やはり学級長であった。ホッとする。
「……………… 紙川さん、眩しいなら移動したらどうでしょうか」
「あり難きお言葉、ではそうさせていただきましょう」
「……………… そう」
慇懃無礼なノリはウケが悪いので、封印することに決めた。それとも、眠いのかな。朝に用事で話ししても、ふーん、みたいな反応しか得られないし。どうも、朝は弱いらしい。
「ぬぉっ! 学級長、おはようっス!」
続く二番手は安田であった。挨拶をした相手は顔の角度を下に二度、変えただけで済ませた。それは滑らかな無視であった。
「お、おはよー。高峰ちゃん、もしかして、開いてた? 職員室に行ったとき、鍵なかったからさ。入り違いになったのかな。ほんとっ、ごめんね」
次に入ってきたのは七咲だった。俺は、その発言を煽るいい機会と見た。ただし、七咲に悪気はなかったのは、幼馴染として保証しよう。七咲は、人をハブるような陰湿な人間じゃない。この発言に対し無限責任を負おうことを、ここに宣言する。
「死刑だ、死刑。七咲、死刑。土下座も生ぬるい」
「や!」
「ぐは!」
ローキックが飛んできて太腿の裏側が死刑になった。そんな惨劇を学級長が不思議そうに見ていた、かと思うと緩慢な仕草で鍵を懐から取り出す。宙ぶらりんと、真っ白な鍵が揺れた。学級長、もしかして、それで処刑を?
「スペアキーを借りてたんで、その時にすれ違ったのかもしれませんね」
怖いよ。鍵の見せ方が本物のそれで、恐喝されてるみたいだ。
「ほんっと、ごめんね。埋め合わせはするから。だから、許して」
「あ、いや、そんなつもりじゃなかったんです。頭上げてください、七咲さん」
あっ、こっちに本物がいた。七咲の方が怖いから、じゃあ、さっき学級長はチャラ!
「つお。高峰さん、うっす」
「山崎君、おはよう」
最後に山崎が入ってきた。
そうだ余談だが、その学級長の容姿は、『カマキリに似てる』らしい。それを耳にしたとき、安田を難詰したが、教えてくれなかった。その勿体ぶりに意味はあるのか? まあ、あいつは買ってきた食虫植物にビーナスと名付けて、耐震ダンパーが設けられた窓のでっぱりで、栽培しちゃうような奇人だから、常軌を逸した感想は仕方がないのかもしれない。それにしてもカマキリ、理知的な鼻筋とかが? 肩から腰の砂時計なラインとかが? なんとなく分かるのは、安田に長い間曝されたせいで安田熱に罹患したからだろうか。即刻、WHOに連絡せねば。
「カマキリ、………………か」
学級長は、俺の発言にビクっと反応した。灰色の目がかち合う。ん? 声に出てただろうか。出てたんだろう。
「……………… いや、その」
そう言い淀んで、考えるように右斜めに顔を反らすと、遅れてポニーテールがやってくる。髪の束が、持ち主の左の頬をはたくのは、眼球に入らないようにと既に眼を瞑って保護している、その時だった。
「カマキリカァ!」
安田が、沈黙を破る。
「紙川ぁ、知ってるか? 実はカマキリってゴキブリに近いんだぜ」
と言って、人指し指を立てる。また始まったぞ昆虫講釈。結局、お前はそれかい。
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