第2話 ルール説明


・条件1→ 暑さに常識は融け出さない。世界は現実から脱線しない。推理は物語の枠内で完結する。


 じゃあなんで、未だ裏門を過ぎていないのか。それは単純に、つらい時ほど時間は長く距離は遠く感じるという、サディスティックで曖昧な、人間の感覚のせいだった。あとはそう、詩丘さんと道端で出会い『登校しようよ』となったんで、一回り小さい少女の歩調に合わせることになり、認識が狂ったのだ。人間の直観は欠陥だらけ。信用するに足りないね。


・条件2→ そう、いつだって、どこだって完璧な人間はいない。全ての主観は揺らいでいる。


 じゃあ、今の気分はどうなんだ、というと、うっかりマンホールに座礁したミミズかな。道理で時間、長く感じますわ。いったいどうして、こんな思いしてまで、学校に、いかにゃならんのだ。そのイライラを理不尽にも、隣の詩丘さんへ、ぶつけてみる。

 精神的に大人だから、その引っかかるイガイガを、柔らかく受け止めてくれるだろう。とにかくぶつける、さぁどうでるか。


「詩丘さん、なんであんなとこに学校たてたんすか。モノレール建ててくださいよ。モノレール」


 因みに、わが校は山頂にある。小高い丘と表現する方が地理的だが、からといって、通学がキツイのには変わりなく、山と表現するほうが、やっぱり、より感覚に迫る。それに則って、声高に、『登校するたびリアル登山を強いられるなんて。っく、青年虐待反対!』。山登りと登校は、俺にとって同義シノニムだった。


「え、私が建てたわけじゃないし!? えっと、それ西高のことだよね。まぁ学校って近所迷惑になるから人気のない土地に建てるのがオーソドックスかな。先生達はクレーム対応に追われるくらいなら多少の利便性は犠牲にしそう。いや、悪く言ってるわけじゃないよ。その、うん」


 詩丘さんは、若干キョドリながら釈明する。なんでそんなにビクビクして話すのか、俺にはまったく理解できなかった。


「なるほど、クレーム対応ですか。確かにうちの生徒、常時ちんぱんモードですから。人気ひとけのない山なら遠慮なく吠えられるし、好きな時に野生に帰れると」


 —————— チンパンモードというのは、真っ黒な嘘。ユーモアのスパイスみたいなもん。西高は、いたって真面目な校風で、教師は男女問わず、さん付けを徹底してたりする。『転校生にデマを流すべきじゃない』や、『誤解が原因で登校拒否になったらどうすんだ』とか、そんな湧いて出てきた不安を吹き飛ばすように、詩丘さんはHAHAHAHAHAと笑った。この調子なら大丈夫。夏休み明けてもきっとうまくやって行けるさ。


「いや、そういう紙川君はココの生徒じゃないか。まるで教員みたいな物言いだったぞ。ハハハハハハ」


 やはり快活に笑う。笑うとこそっちかい。まあいいが。俺もハハッと応酬する。『あなたも夏休み明けたらうちの生徒っすよ』、そう返そうとしたがあまりに笑うんで期を失ってしまった。てか、意図しない所で笑われると微妙だな。

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