第8話 投票

 黒板前は投票終了後、開票作業でバタバタしていた。書記がせっせと用紙に目を通し、左手のカウンターを忙しなく刻む。『書記さん、用意がいいぞ!』、心の中で声援を送った。されど考えてみれば、クラスには四十人ちょっとしかいないのだし、必要かねそれ。次に、総計が間違っていないか右人差し指で数え始める。『事前に確認しとかんかい!』、おい用意が悪いぞ! 心の中でヤジを飛ばした。

 一方、学級長は目と記憶力で数えているらしい。目が鋭い分、ちょっと怖い。書記に人数を伝え、互いの人数が一致するか確認、そんな姿を一番後ろの席から見てると、仲のいい姉妹に見えた。無論、書記が妹である。

 妹さんは、黒板中央の収納から赤いチョークを取り出すと、八つの案の下に票数を書き込んでいく。ゼロゼロイチニサンヨン。なるほど、少ない順でか。いい演出じゃないか。最後は偶然、隣り合った案が残された。それは本命の映画製作と、アンケート調査。


 緊張の瞬間がやって来た。


   ・アンケート調査、十五票

      ・映画製作    十六票



 投票の結果、僅差で映画製作が採用された。いや割れたな、これ接戦。安田が振り返る。


「しかし、驚きだぜぇ。うちのクラスは怠惰な人間ばっかだと思ってたのによぉ」

「お前とお前とお前と、あとは誰だ。まさか、お前か!?」

「その中だとうーん、お前だなぁ。いや、ジュース奢りだぜ。まぁ腕一本くらいくれてやるよ」

「二本だ。お前が無駄にダブルダウンしたからだな」

「しぬぅー」

「ドンマイ安田。あと腕はいらない」

「くぅー」

「じゃ、降りる」


 俺は、そう宣言し賭けの結果を固定した。


「降りる? 降りるのか?」


 安田が聞いてくる。これなら、うまくやればもう一本増やせるかもしれない。けれど、俺はそこまで鬼畜ではないので、腕二本ぽっちで我慢することにした。




 ってな感じで映画製作に決定したのだが、その時はそれもアリだな、なんて思っていた。立案者である監督の山崎の指示を聞き、休み時間、安田にジュースを奢らせ、演技するであろう七咲に茶々を入れつつ、俺は脇で小道具を作る。


 有か無しかで言えば可バカ


 だがしかし自分が登場人物、それも主役に抜擢されるとなれば話は大きく違ってくる。くそ、俺が主役になる、その事実を事前に知っていれば、満場一致でアンケートになるよう仕向けたのに。ん、となると現時点での事実が上書きされ、修正後の未来では過去に警告できなくなるな。タイムパラドックス。


 なにはともあれ、あと一票入れなかった誰かを憎んだ。


 まぁ、自作映画の方がマシかと思ってその一票を入れなかったのは俺なんだが。じゃあ、過去の自分を呪った。待てよ。自分が呪われて投票出来なけりゃ、主役になる未来が書き換えられて ………………、これ以上はよしとこう。難しい話は嫌いだ。まあ、だから主役になるのは、本意じゃなかったのだ。

 なんで主役に抜擢されたか。今から、そのあらましを語ろうか。役にはそれぞれ名前が付けられていたはずだが、大幅な変更があったので、その区別に意味はなくなった。—————— なくなったので、省略させてもらう。そもそも、いちいち憶えてるタイプじゃないし。人間そんなもんだろ。


 

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