第7話 投票開始


 [投票開始]



【議論により複数の案が挙がった場合、全員に了承を得た上で多数決を執り行うこと。—————— と、学生証の後半、校則のページに記載されている。学校生活で公平な作法を身に着け、国際的な人間を育成するとか、大袈裟な文言が後にも続くが、長いのでここでは割愛させてもらう】


 投票用紙が配布された。と言っても、大学ノートを四角く切り取って四分割し、できた四角形の角と角を合わせ、三角形に折り畳んだ簡単さである。これで最低限、投票の秘密は守れるという算段だ。しかし、ずいぶん偽造が容易そうだが本当に大丈夫か? まあ、四十ちょいしかいない教室で、不正表なんかだしてもすぐにバレるが。それにあの通称、鷹の目学級長が目を光らせてる。高峰をもじった渾名あだなだが、本人はどう思ってるのやらね。


「おーい、よぉ」


 クラスでの投票の脆弱性や学級長の二つ名について考えていると、右斜め前から、完璧学級長のアンチテーゼみたいな奴が話しかけてきた。そいつは椅子を倒して、後ろの斉木さんの机に寄りかかる。斉木さんはそんな無礼者の顔を見ないよう、机の中央をじっと見ていた。なんかうちの知り合いが、迷惑かけてるみたいで、さーせんでした。


「おい、なぁ、よぉって。紙川、元気してるかぁ」

「急になんだよ。別に元気だが」


 コイツは安田孝やすだたかし。男の俺から見てもそこそこイケてる野性的な面構えだが、いつもニヘラ笑いが張り付いてるので、二秒に一回の頻度で殴りたくなる。あまり素行が良くなく、絶対にやっちゃいけない遊びを、五秒に一つのペースで提案してくる。二回目の提案は、丁度、俺に殴られることになり不発に終わる。だから、あなたが出した答えに、割る二をしなければ、一日の提案回数は正確ではないだろう。

 唯一の取り得は人望が広いことで、コイツを知らない西高生は十中八九(ハッテンキュウの意?)、不登校生であり、そして残りは、不登校生の人体の一部を、一割、所持していると考えなければ、計算が合わない。一言で表すなら分類不能、もしくは一属一科、それかプロブレマティカ。


「賭けをしようぜぇ。賭け」

「あ、賭け?」

「あぁ、アンケート調査と映画製作、この二つ、どっちが通るかで勝負。外したらジュース奢りな。勝負だ! 紙川!」

「し、おい、静かにしろ」


 教師にばれたらマズイ。賭け事はこの国ではグレーだ。インターネット上では防弾ホステージがどうので合法らしいが、ここはリアルだし、それ以前に教室だ。俺は、有利になるため先手を取る。


「じゃ、映画にオールインで」


 俺は何となく映画製作が勝つんじゃないかな、と思った。裏で蠢く策略、思惑を敏感に察知した、というのは大嘘だが。だからただ、あてずっぽで、そう決した。


「おぉ! これは大穴だなぁ! じゃあ俺もそれで、オールインだ!!」

「………………………………」


 お前も俺と同じのに賭けちゃったら、どっちが勝とうと負けようと、得るものがないな! 手持ちの金額が違えば、それも戦略だろうが、今回は違う。でもコイツに奢らされんのは癪なんで黙っとこ。

 会話が終わると安田は腕を組んで黒板真上の時計を眺めた。内なる世界に旅立ったらしい。俺もすることないんで、どうせなら役立つ暇の潰し方をしようと、賭けのため、さらなる情報を得るべく喧騒から欠片を採集しようと試みる。結果が分かればまず負けないから。完璧な状態で再戦を申し込もうぜ。

 すると女子どものヒソヒソ声が雑音を押しのけて大きくなった。一番後ろまでとどろく、このハスキーヴォイスは、ある種の同調圧力ではなかろうか。または、ノイジーマイノリティを意図的に演じ、クラスの主流を錯覚させる謀略放送プロパガンダ。心理戦は既に始まっているらしい、その内容だが、


七咲ななさきちゃん。どっちする? うち、アンケート調査にしようと思うけど」

「うーん、私は映画製作がいいかなー。ほら、合間に演劇部の宣伝入れてもらいたいしー」

「……………… えっと、でもアンケート調査の方が楽そう」

「でもー、文化祭展示二年生で最後だよ。やっぱ、映画でしょ」

「……………… え、あ、うん。いいね、それ。賛成!」


 似た問答が、声色と細部を変えつつ狂ったように再生される。恐るべし演劇部員、まるで狂気、いや狂気そのもの。演劇部きょうきで思い出す、某 安田の思い付きで春、新一年生部活勧誘を見に行った。内容はSF。確か、タイムパラドックスがテーマだったな。

 演劇の内容を思い出してる内に猶予が過ぎたらしく、『後ろから回収』と音叉を叩いたような澄んだ声が、耳へデリバリーされた。よし、最高の席に安住するペナルティを消化しよう。三角に折られた投票用紙を、前へ前へと回収するのだ。

 教卓の上に置かれた投票箱は、チープな票に比べると、不釣り合いなほど豪華なジュラルミン製であった。そんなのより教室に空調をと思わなくもないが。…………… しっかしこの箱、学級長が委員会へ立候補したとき見たっけ。真面目だから借りてきたのだろうか。ちょっと前のイザコザ。学級長が委員会を辞退した理由は、今回は語らない。俺は票を箱に放り込み、教卓から、山崎が先頭の列を沿って、自席に帰還する。すると右斜め前の住人が、


「さっきの賭けだがぁ、やっぱ俺ぇ、アンケに変えるわ」


 と伝えてきた。好きにしろよ。


「ダブルダウンだぁ!」

「……………… それはブラックジャックだろ」

「ブラックジャックゥ? ブラックジャックってなんだよ」

「いや、ダブルダウンを知ってて、それはないだろ」


 

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