第64話 エンドロールは貴方と共に。


 [エンドロールは貴方と共に]



「紙川君こそ探偵さ。私は譲るよ。ね、探偵さん」


 その発言に、この俺こと紙川涼は、とても紳士的に返した。


 詩丘さんを慰めた後、内容の改編許可をもらい、そして屋上を後にする。それから部室にお邪魔して、山崎に裁縫を教えてもらったり、自習室で夏休みの課題を消化したり、なんだかんだで、五時五十分ちょっとまで学校に居残っていた。だからもうすっかり夕方である。この地域では、クマが危ない時間帯だ。熊鈴は身に着けてるが、いつの間にか舌が抜けてしまって、今はもう役にたたない。


 そして玄関。


 無駄に眩しい自販機に、一匹の蛾が誘引されている。それは国語の時間、取り上げられたあの蛾だ。写真では、もっと黒色だったような、しかし白の強い斑模様。でも、これはこれで風流。安田に見せてやりたかった。そうだ、写真を送ってやろう。下駄箱で靴に履き替える。スリッパは置いといていい、また明後日も来るんだし。


「紙川さん。どうしてこんな時間まで学校に? 私は部活動がありましたけど」


 振り返ると、奴がいた。


「ただ、そんな気分だったんで」

「そうだったんですか」


 あの後、完結した映画の登場人物たちが、徐々に平凡な日常に帰っていく、そんなセンチな感情に酔わされていた、さながら蛇足とな。だからか、だらだら学校に残っていた。学校から一歩でも出ればこの物語が終わる、そんな予感がして校内に居残っていた。


「あれ、解けましたか」

「あれ、ですか。解けましたよ」

「聞きたいです」


 グイッと筋の通った鼻をよこす。アレとは、『詩丘さんからの挑戦状』のことだろうが、はて、どう話したものか。ありのまま話すとプライバシーに関わるし。そうか、閃いた。これならきっと高峰さんも喜んでくれるだろう。


「—————— 俺たちが探偵だったんだ。正確には、あの話の受け取り手。だから、詩丘さんの出した挑戦の答えは『挑戦者』になる。つまり探偵に相応しい人物は作中から選出しなくても良かったんだ。アレを説こうとした全員に資格がある。そんな、素敵な話だったのさ」


 しばらく、思案顔を見せてくれたが、流石、学級長。理解が早い。すぐに真面目顔に戻った。


「なるほど! 納得しました。消去法ですか。なら、あの条件を使っても問題なかったんですね。『相応しい者』と、個人に限定しなかったのはそのためですか」


 『問題を解こうとした者』、という括りだからな。問題を解けるのはそいつらだけだ。この問題は、添付された条件を使わなければ、解けないんだからさ。


 俺たちは玄関をくぐり抜ける。いよいよ、帰宅。これで終わっちゃうんだな。いやまて、人生は物語じゃない。それに映画製作は始まったばかり。ここまでは序章に過ぎない、いや序章ですらない。なぜなら、のだから。


「わ、真っ赤です」


 空のピンクはレーリ錯乱。深い紺から薄紅へのグラデーションは、カクテルに似てる。夕焼けなら、明日は晴れるかな。


「紙川さんって、国道側からも帰れますか? よかったら一緒に帰りましょうよ」

「そうしましょうか」


 久々に正門を通り抜ける。俺は、不可視のゴールテープを今度こそ切った。


 小道に目線を投げかけると、木々の影が滲んでいる。すでに外は薄暗く、やがて先の見通せない暗闇がやって来る。人生は、先の見通せない連続なのかな。今日の体験を元にふと思う。詩丘さんは、その途中で、道を見失った。じゃあ仮に、そこを越えるとしたら、何を頼りに進めばいい—————— たった一つ、今の俺でも分かること、



 身を焦がすような情熱は、未知を照らす光になる、ということ。










 『紙川涼は探偵じゃない(完)』高黄森哉 (2022/3/13 修正)


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