第三幕 映画製作前半

第25話 ムシを見つめる者


[Fallen leaves]



〈山崎君へ、始まりには必ず ”友田慎太郎ともだしんたろうの供述 ”と、編集で入れるように。by 詩丘〉



 窓から見える単調な世界。人生は、日常の淡白質を取り込んで、それだけの成長をしていくのだろうか。青年、つまり友田慎太郎、そう俺はそんな退屈を、窓の外に見ていた。視線の先に、枝だけを被写体にしたモノクロな風景が、ぴったりと張り付いている。

 眼球の後ろからの異音、それももちろん比喩表現であるが、さてそれはどんな音だろう。それは叩き仕上げのコンクリートの床へ、冷えた薄く青いビー玉を転がしたごろつき。ずっととある問題を頭蓋内部で転がしていた。

 ついでに肩もゴリゴリする。階段の上、大窓を巨大な白黒写真に見立てていたら、首の筋肉が固まった。だから頭を下げた。すると、


「……………………………… ん?」


 階段の真っ赤な滑り止め。その縁に埃を被った蛾の死骸を発見する。蛾の背中には目出し帽を被った顔が、模様として青白く浮かんでいた。生憎、陰気だとか、幼稚だとかで、迫害される趣味を持つ知り合いはいないので、蛾について詳しくない。

 詳しくないのに、なぜ気を止めたのか。それは、その『ムシ』は唐突に登場した割に、そこにあって当然みたいな面を下げていたからだ。そいつが何者か俺は知らない。ただ、『知らない』という事実は、とても引っかかった。



Question→どうして友田君は階段を登っていたんだ。夕方なのに。



 俺だって帰れたら、とうの昔に帰っている。大体、ここに来たのは自分の意志じゃない。帰宅できないのは、知り合いの女の子に屋上へ呼び出されたからだ。繰り返す。決して自分の意志ではないし、自分自身にもそう言い聞かせていた。しかし、『女の子に突然、屋上に呼び出される』なんてのは、俗に言う告白じゃなかろうか。そう考えるのは早計だった。なんでも、彼女はある件で悩んでいたからだ。否、現在進行形で悩み続けている。因みに、彼女というのは英語で言うところの she であり、Girlfriendではない。



Answer→知り合いの相談を受けに屋上へ行きました。指定された時間が夕方だったんです。



 相談とは言ったものの、やっぱり告白かもしれないとよぎる。推し量ることを可能にする、唯一の手掛かりである手紙の内容はこうだった。


【相談があります。四時くらいに屋上に一人で来てください】


 『相談と書いてあるなら相談だったろ』。そう考えるのは、あの人を良く知らない人には、当然なんだろうが、自分はそうでないので、その可能性を消去することは出来ない。この手紙をくれた人は、とても律儀で真面目な性格をしてるから、相談イコール告白というのは、捨てきれない可能性なのだ。特に『一人で来てください』のあたりが匂う。

 憂鬱だな。時間が解決しない問題は苦手だ。宿題は時間を掛ければ何時か時効を迎えるのに、人間関係はそうはいかない。この手の関係はアレルギーで、全身がむず痒い。



 カツカツカツ



 と階段を踏む単純なリズムを、壁にスカッシュさせる。千切れたクロックスの底を、大型のホッチキスで止めているから、安い金属音がするのだ。クラスの流行を反映させたお洒落で、不良の坂上に作ってもらった。無論、教師受けは悪い。俺自身も、かねてから不格好だな、と思っている。



 カツカツカツ


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