第49話 そして消去法は、排除された


「じゃあ紙川ぁ、行くぜぇ!」

「こい」


 さあ、始まりだ。


「まず黄色イロの殺虫スプレー、ってのは蜂用の殺虫剤だ、っての分かるよなぁ? 蜂ってのは黄色イロに黒の縞々模様だから、蜂退治のスプレーも大抵は黄色をしてるってよ。そしてぇ! 蜂用の殺虫剤はピレスロイド系が主流だぁ! だがなぁ、友田さんよぉ。ちっちっち、ピレスロイドは人間には効かねえんだ。友田、お前、『嘉陽さんが死んでいた』と、鈴谷さんに話したそうだがぁ、その供述は捏造だぁ!!」


 なるほど。『どう殺したか』ではなく、『それで死ねるはずがない』ことを突いて、嘉陽さんが死んでいた、という報告を捏造だとし、主人公の屋上での供述を疑っているのか。同時に、嘉陽さんは自殺ではなかった証明も行っている。


「すごーい、安田君!」

「だろぉ、七咲さん」


 その知識だけは褒めてやろう。だがな、その推理には穴がある。ムカついたんで揚げ足を取る、そうともいう。だから質問する。


「一つ聞くが。その殺虫剤が蜂用だ、って証拠はあるんだろうな」

「んぁ? さっき説明したじゃねえか。だからなぁ、黄色のぉ………………」

「そうじゃない、そうじゃなくて黄色の殺虫スプレーは絶対に蜂用で、さらに人体に害のないピレスロイド系である、という確証だ。殺虫成分なんて五万とあるぜ。その中で、どれだけが人間にとって致死的だと思う? おい山崎、確認してくれ。殺虫剤に細かい指定はあったか?」


 証拠としては弱すぎだ。だって、黒い鳥は全てカラスか? 赤かったらワインか? 緑の虫は芋虫か? 青かったら青春か? 黄色のスプレーは全て、ピレスロイド系の殺虫剤か?


「お、おぅ、旦那。至急、確認しまっせ。—————— えっと。へいおまち、確かに指定はありませんでい」

「いやはぁ、でもよ。黄色イロの蜂スプレーつったらなぁ」

「主人公が犯人臭いのは同意だ。だがな、殺虫剤の成分は明記されてないんだよ。だから成分がこうだ、ってのは言い切れないんだよ。お前は犯人の語りは嘘だと言いたいんだろう。つまり信用できない語り手ってな。だがなぁ、………………」

「まてまて、紙川」


 山崎が待ったをかける。どうぞ、


「明記されてない以上、逆に、ピレチロイドだっけ? の殺虫剤じゃない、とも言い切れんだろ。なあ、さっきから、ちょっと怖いぞ、お前」


 俺は、確かに必死だった。必死で何が悪い。山崎の言い分ももっともだが、さっきの俺が、外れたことを言っていたのでないことには、留意が必要だ。


「いったん、保留にしませんか」

「おう、高峰君のいう通り保留だな。その案に固執し続ける理由もないだろう? 行き詰ったら、別のアプローチを取るべきだ。なあ、いいだろ? かみぃ~」

「だな。あぁったよ、山崎。じゃあ、他に意見はないのか」

「あ、じゃあ、はい」


 はい、と学級長は控えめに左手を挙げる。お、左利きか? 学級長はクラス行事で、当てる側の人間なので、あべこべに当てるというのは新鮮な展開であった。医者を診察してる気分だ。


「ん、どうぞ」

「条件の一つに『校舎の構造が西高と同じ』とあります。わざわざ提示してますし、重要なんじゃないかなって。校舎の構造からアリバイを崩すとか」

「おー、流石、美麗ちゃん」


 七咲、お前、学級長にそれしか言わねえな。もっとこう種類が欲しい。前も言ってたぞ、『流石、高峰ちゃん』って。

 まあそれはそれとして、あぁっと、アリバイ崩しか。それは聞いたことある。その人が犯罪を成し得ないという状況証拠や物証が、実は計画によってあらかじめ用意されたものであったとか、そういう粗を見つけて犯人をあぶりだすことだ。解き方については、俺も提案しとこう。


「あとは、消去法とかどうだ?」

「ほう、消去法ですか」

「お!? お前ぇ、ドラマもテレビも見ない曲者なのに、よく消去法なんて知ってたなぁ!?」

「馬鹿にしてんのか。知り合いの真面目君が話してくれるし、そもそもそれくらい知っとるわ。というか、字面でなんとなく想像がつくだろ。お前じゃあるまいし」

「んだとぉー、てめー」


 やんのか? と安田にガン飛ばす。ゆるい小競り合いだった。


「この件では消去法は使えないと思いますよ。まず探偵に成り得るのは友田さん、綾瀬さん、吉田さん、鈴谷先生の四人だけです。それ以外の人物は、我々が推理するには、情報が少なすぎますし ………………」

 

 探偵に相応しいかどうか、考察できるほど掘り下げられたのは、友田、綾瀬、吉田、鈴谷、嘉陽、の五人だけ。その内、嘉陽さんは死んでるから四人になる。モブは情報が少なすぎるから犯人にするにはアンフェアでダウト。まあ俗に言う、どんでん返しがあるかもしれないが、今は考えたくないね。さてと、学級長は解説を続ける。消去法が駄目な理由が、まだだったからだ。


「……………… 仮にあの四人の一人を探偵とします。探偵役は、消去法で犯人を当てるとしましょう。しかし彼ないし彼女は、どれだけ努力しようと『仲間の中に犯人は居ないのでは』という疑念や、『嘉陽さんは自殺である』といった説を排除できないのです。つまり消去法は状況的に説得力に欠けます。私、この話、物理トリックと見てますから」

「美麗たん、でもさー、詩丘さんは条件に『作中の校内には、登場人物四人以外、存在しない』って書いてあるからさ。だったらやっぱり、消去法、使ってもいいんじゃないかなー」


 美麗たん!? だと。七咲、チキンゲームは止めとけ。お前、距離の詰め方おかしいって。そしてだ、


「いや七咲、お前の言い分も分かるが、それはひっかけ問題みたいなもんなんだ。だってそれ、作中の四人は知り得ない事実だろ。使いたかったら物語の枠を超えて、条件を確認しなきゃいけない。すると探偵が破綻するんだよ。物語の人間が世界をお話として認識するのは、おかしいからな」


 もし、その方法を認めてしまえば、いよいよ『話全体は虚構である』が成立してしまう。早い話、なんでもありだ。せっかく供述と言う形で、一人称の不完全性から発生した、虚構の侵食を回避したんだからさ(注 Double check・後編 参照)。


「そうですね。メタフィクションであれば、ただし書きを添えるべきですし。特に推理物はそうなりますね」

「へぇぇー、そうなんだー。流石、高峰ちゃん!」

「説明したのは俺なんだが」


 つまり詩丘さんのヒントは視聴者に向けたものであり、閉じ込められた彼等には証明できない真理なのだ。閉じ込められてるが故に、検証も無理だしな。さて、メモに書き留める。『消去法は使えない。あの場に居ないかもしれない第三者がちらついて、それを無視すると、探偵としての説得力がなくなるから』。


 —————— そして、消去法は排除された。



「おう、あんさん。ちょっと考えたんだが、俺の推理を聞いてもらってもいいか?」


 山崎は背もたれに深く背を預けると、両手を広げるという、映画的な非言語表現ジェスチャーをした。コイツを四文字で表すなら、イカニモか。今から声色を整えて答える、その人物こそ、実は友田慎太郎である。


「聞こうじゃんか、刑事さん」

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