第59話 現実が嫌で嫌で逃げだした
「この花束。懐かしい文集を見つけてもらったし、それに君なら坂田の死からヒントを得るかもね。じゃあ話そう、裏切りの昔ばなしさ」
「待ってください。映画製作没案を執筆したのは、当然、亡くなる前ですよね。時系列的に、坂田さんの死は関係ないんじゃありませんか」
「そうとも言えない。坂田は面白い奴でね。いや面白い奴だった。だから自分の死を、ギミックに仕込んでてもおかしくない」
おかしいだろ。 そんな人間、存在していいのか。まあ今はしてないが。とかいう主張はレトリックで、やっぱり存在してはいけない。
「命日は、今日じゃないけど、夏には思い出があってね。あの日と曜日が同じ今日、供養しようかな、みたいな。で、肝心の坂田は事故死なんだ。—————— でも疑ってる。あれはひょとすると、トリックのために計画された、自殺だったんじゃないかなってね。屋上で何してたか知らないけど、地震が来て屋上に閉じ込められたんだって」
学校に張り巡らされた耐震ダンパーを思い出す。あの事故をきっかけ、防災意識を過保護なまでに高めた結果、要塞のような構造が剝き出しになったのかもな。あともう一つ、思い出すことがあるとすれば、新聞の少女だろう。映画製作没案に酷似した状況で死んだ少女。秋の文化祭に出す映画の事件と重なる最後を迎えた少女。
「地震が来て、屋上に閉じ込められた」
「うん、そうさ」
仮に、新聞の女生徒が坂田さんだとして、彼女は地震が来てから大分経って閉じ込められたと記憶にある。もしかして、新聞の彼女は坂田さんとは、別人なのだろうか。
「六年前の改修工事、その事故を受けての対応だったんですね」
「そうだね。その時まで屋上は開き戸だったんだよ」
「じゃあ、引き戸の証拠は使えない。正解じゃないってのは、そう言うことですか」
「そう。だから、あの推理は不正解なんだよ」
うん、ならさっき俺がドヤ顔で推理してる時に言って欲しかったね、それ。
振り出しのさらに振出しに戻る。パラパラと水滴を顔に受けて、降り出しを感じる。晴れてるんだが、あの入道雲からかな。きっと、遥か上空を吹く暴風に乗せられてきたんだ。
「ね、似てるよね、坂田の死にざまと嘉陽のそれ。あ、でもね、嘉陽さんのモデルは私なんだ。本人に直接そう伝えられたからさ、保証していい、絶対だよ」
「へぇ、作中通りなら嘉陽さんはいじめ……………… 、ところで降ってきました」
困った時の天気の話題。今日は暑いがこれで涼しくなるだろ。いや雨万歳だろ、カエルのオペラだろ、蝉時雨だろ、森の温気だろ。で、そしてだそして。
「察しの通り、いじめられてたよ」
一気に暗澹たる気分になった。勝手な押し付けなんだろうが、イメージがなさ過ぎて、間違ってもいじめられるような人間に見えない。作中の嘉陽さんのエピソードは、そうかそうなのか。
「ごめんなさい。なんか嫌なこと言わせちゃったみたいで」
「ううん、謝ることはないよ。別に」
「そうですか」
「私が高校に通ってた時ね。ほら友田君、名前は違うんだけどさ。いわゆる、罰ゲーム彼氏ってやつ。私、馬鹿だよね。アハハハハ」
「それで、いつ知ったんですか。罰ゲームだってこと」
握った拳を見えないように隠す。だが殴る人間はこの場にいないのだ、くそ。やり場のない怒りで胸がいっぱいになる。俺は短気だ。
「うーん、恥ずかしいけど。屋上で告白して、それでフられて。クラスでネタにされて。陰口から知ってさ、あぁ、そうだったんだ、って」
口ぶりから、本人の中では終わった話なんだと、納得した。なるほど、詩丘さんをモデルにしてるとなると、作中での嘉陽さんの相談は告白であった可能性が高い。ならば、推理を当てたのは七咲だけだったことになる。っく、なんか、七咲に負けた。
「ショックだったよ」
そりゃ、そうだ。俺だってそうだ。
「ふさぎ込んでさ、物語の世界に逃げたんだ。図書館で本読んだり、教室でも。だから文芸部にたどり着くのは必然で、そこで坂田と出会った。精神的、命の恩人さ。出会えなかったら廃人になってたよ。部活は楽しかった。たまに意見が対立したけど。励ましたり、励まされたり。でも最後は喧嘩別れ」
「………………………………」
喧嘩別れか。これより深く触れちゃいけない気がする。そこにヒントが散らばってる、なのかもだが、所詮、高校生の探偵ごっこだ。
「いいって、そんな顔しなくても。ッフフ、聞きたいんでしょ」
「俺、どんな顔してました」
「さあね」
主観しか持ち合わせてない人間に限界を感じる今日この頃。『聞きたいんでしょ』。延長戦なら濡れネズミは覚悟だな。白い巨人は、そこまで迫っている。大入道雲のお出ましだった。
「ある日、坂田は言ったんだ。『お前は本に逃げすぎだ』って。『物語だけじゃ埋められないものもある、もっと現実を見るべき』って。確かに当時の自分は物語に依存していたけど、それも狂信と言っていいほどにね。だからこそ、その言葉は自分を否定してると、イコールに聞こえた」
「………………………………」
否定されたようにか。坂田さん、そんなつもりは毛頭なかっただろうに。ただの助言。
「坂田の書く小説は極めて写実的な小説だったから、幻想主義でご都合主義で荒唐無稽な私のそれとは相容れなかったし、だからこそ、そんな喧嘩をしたんだね」
でも坂田作の映画製作没案では、謎の力で閉じ込められたり、時計の針が止まったりしていたが、そこらへん坂田さんの仕返しなのだろうか。原作はもっとファンタジーだったし。ならば、この映画ように、やや現実志向へ戻したのは、詩丘さんなりの返答なのかもしれない。天使は出てこなかった。
「私、リアルなの苦手なんだ。現実で失敗してるし。だからファンタジーに逃げた。それは認めよう」
「坂田さんは、そんな詩丘さんを見かねた」
だけどさ、写実主義な小説だって、技法が違うだけで同じ虚構だ。同じフィクションだ。坂田さんだって同じ穴の狢じゃないか。ふと考える。
「でも『虚構には限界がある』だなんて、私はそうは思わないな。人間の想像力に限界なんてないのにね。当時も、そんな風に反論したや。あと勢いで脈絡なく宣言もしちゃった。卒業したら自殺してやるってね。ハハハハハ」
おい、自殺って、そんな軽々しく言っていい言葉だったか。笑って流せる言葉じゃなかった。とても、無視できなかったので、注意する。
「それを聞かされた坂田さんの身にもなってくださいよ。そんな自己中だ。坂田さんに謝ってください。……………… いや、坂田さんに謝れ」
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