第4話 登校
場面は変わって初夏の坂道、忘れてるかもだがさっき、つまり回想前の続き。詩丘さんと学校前で出会い、日を置いてから再会、一緒に登校する運びとなった。今は、ここである。
「高校生なんて大人みたいなもんですよ」
「そうだよね、大人だよね。うんうん」
うんうん頷く。なんだこの人の年上感。もしかして子ども扱いされてる?
そんな詩丘さんだが、結構ラフな格好をしていた。高校生の割にチビだからかダボダボな白い私服と、純白のぴっちりとしたズボンの組み合わせは、まあファッションとしては許容範囲内か。小脇に抱えた何とかバッグは、これまた絹のように白い。そんな白装束に、黒い靴だけが、妙に浮いていたので気になった。ミスマッチ。当分忘れそうにない。カサカサと、例のバッグでなにかが擦れる。なんだろう、こう硬質な、ビニール袋のような。
にしても、私服登校か。思い出すのは、春先に起きた反体制デモ。『学生服は軍服の流れを汲むから禁止すべき』のビラを、廊下や掲示文へ滅茶苦茶に貼りまくる謎集団、リベリオンのメンバーが校則を破って、私服で登校していたことだ。まさか詩丘さんも勧誘されたのだろうか。いや、転校したばかりだから、制服を買えずにいるのだろう。ということは、つまり新学期には詩丘さんの制服姿を拝めることになる。いやはや想像も出来ん。それは私服しか知らないからなのか、それとも制服は柄じゃないってか、なんなんだろうな 。ま、どっちにせよ妄想不能である。
汗が顎の輪郭をくすぐり、ポツッと地面に落ち、シミを作る。
にしてもこの暑さ、暑さが妄想を妨害した。結局、蒸し蒸しするのだ。陽の方を細目で仰ぐと、光芒の一筋が視界の動きを追って回転し、いつか金属の弦を撫でたザラついた高音が記憶と結びついて聞こえた気がした。
「あつぃ~、あつぃいよ紙川君。モノレール引いてよぉ」
この無理難題はさっきの仕返しか? 俺は数ある選択肢の内、話題を反らす方法を選んだ。一番カロリーが低いからだ。
「激熱っすね今日。そうだ、後ろ見てくださいよ」
二人して後ろを振り返る。すると、道に沿って割れる木々の隙間からはるか遠く、一枚岩みたく硬質な 、今は夏だから青々としてるが、なだらかな裾を持つ山脈群、そう日本アルプスが望める。日本アルプスの麓で盆地になっているここいらの地形は、フェーン現象を引き起こしやすく、この地域の夏を厳しいものにしていた。そんな夏の中でも、今日は一番の熱を持つ予定だ。というのも、朝ご飯を食べながら見るお天気コーナーで、着ぐるみを着たお天気お姉さんがそう解説していたのだ。今日はペンギンの被り物。ふと、日に日にファンになっていく自分がいた。
「ふーん、おっきな山だ。……………… で、紙川君、モノレールの件だけど」
無視無視。
景色の解説は程々にして、気温の話に戻ろう。カッターシャツが肌にへばり付く、のはいいが、風が吹くと気化熱で不快なほど冷えるのは勘弁してくれ。継続的でちょうどいい涼を取りたい、どこかに涼める場所はないか。
「いやぁ、涼とれるトコないっすかね」
「それは、君の方が知ってるんじゃないかい。それと、モノレールの件なんだけどさ、」
フフ、なるほど、その言葉にピンときました。詩丘さんが最後まで言い終わらないうちに返す。
「まあ自分のことっすからね。涼ってね」
「 それはつまり、どういうことだね?」
あれれ、って、あそっか。詩丘さんは俺の名前知らないんだった。うっかりしてたな。こないだ教えたから苗字は知ってるだろうが、下の名前は教えなかったのだ。
「俺の下の名前、涼なんですよ。涼しいの涼っす。サンズイに京都の京」
「へー、そうだったっけ。紙川涼か、いい名前だ。私の下の名前、平凡だから憧れるな」
「ちなみに詩丘さんの下の名前は、なんなんですか」
「っあ、イトトンボだ」
『詩丘=っあイトトンボだ』さんの前をなんの脈絡もなく、蒼い爪楊枝みたいのが、ついーッと横切った。
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