ふわふわまるまる飛車角
きんちゃん
1話
世の中には変わった人間がいる。俺、
太一はとにかく省エネで生きている。
高校での授業もほとんど寝ている。ただ、最初から授業を全く受ける気がないという訳ではない。必死に授業を受けようと頑張っても頑張っても寝てしまうタイプなのだ。
「やれやれ、またか」という表情で先生が起こすと、飛び上がらんばかりに立ち上がり、大きく頭を下げ「……すみません」と小声ではあるが本当に申し訳なさそうに謝る。そしてわざとらしいくらいに気合いを入れて教科書を広げ直すのだが、5分後にはまた机に突っ伏してしまっている……というのがいつもの光景だ。
授業中以外も寝ている。
よくそんなに寝れるな!というくらい寝ている。
太一は栗色の髪がゆらめく美少年というビジュアルだから、窓際の席で春の陽光を浴びながら微睡んでいる姿はとても絵になる。
男の俺でも「その微睡を守りたい!」と思ってしまう。
そんな時は先生たちも起こすのをためらってしまうことが多い。
女子たちもクスクス笑いながらも好意的に見ているのが伝わってくる。ただ残念ながら太一本人にはそんな好意は全く伝わっていないようだ。
基本的に太一は喋らない。周りの人間が何か話し掛けても、ほとんどの場合は頷きと首振り、必要であれば指差しなどの最低限のジェスチャーでコミュニケーションを済ませるのが常だ。なんとか仲良くなりたいと思って話しかけた女子も100パーセント挫折する。
しかしこれだけなら、単なるコミュ障の儚げな色白の美少年ということになるだろう。それはそれで魅力的だとは思うが、太一をどうしても『変わった人間』と評価せざるを得ない点が別にある。
とにかく飯をよく食うのだ。めちゃくちゃな量を食べる。
野球部が使っているようなドカ弁(今どきよくそんな弁当箱があったな!)を毎日持ってくるのだが、昼飯時にはそれだけでは飽きたらず俺の席に来ては何か物欲しそうな目をする。仕方がないので俺もおにぎりを一個だとか菓子パンを半分あげたりする。あまりに頻繁に来るものだから腹を立てても良さそうなものだと我ながら思うのだが、食べ物をあげた時のパッと嬉しそうに咲く笑顔を見るとむしろこちらが嬉しくなってしまうのだ。
太一のお母さんが弁当を作れなかったという時にはコンビニで10個のおにぎりを買ってきていたし、学校帰りに一緒にラーメンを食いに行った時には4回替え玉をおかわりしていた。
明らかに太一の身体はエネルギー保存の法則に反している。一体、ヤツの身体に溜め込まれたエネルギーは何処に行くのだろうか?ロクにしゃべることもままならず、寝てばかりいる太一の身体に取り込まれたカロリーは、多少は脂肪に変換されていなければおかしいのだが、太一は華奢だ。165センチの身長に51キロの体重は、まだ成長期の高校1年生であることを差し引いても痩せすぎだと思う。
太一のおかしなところはまだまだある。
先に述べた通りほとんどの授業を寝て過ごしている太一だが、成績は良いのだ。
しかもそこそこ良いというレベルではなく、学年トップクラスである。先生方が強く注意しないのも実績が伴っている以上、まあしょうがないという気もする。
「いや……おかしくねえか!?こっちは必死に授業受けて、ノートも真面目に書いて、家でも勉強して……それでも平均点をちょっと越せば良い方だぜ!こんな理不尽なことが世の中に転がっていて良いのかよ!」……などと嘆いていたのは最初にクラスメイトになった中学1年の最初の頃だけだった。
すぐに俺は、世の中の理不尽については受け入れるしかないことを悟った。
要は根本のスペックがまるで違うのだ。どんなに最高のコンディションで最高の技術が発揮されたとしても、ゴーカートではF1カーには勝てないということだ。
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