47話
堅実なディフェンスを続けてきた竹下だったが、プレイヤーとして元々目立つタイプの人間ではない。一応は中学からのサッカー経験者だが、ずっと補欠だったらしく技術はそこそこで身体能力も高いとは言えない。ただ経験者らしく戦術的な理解力は高いので気が利いたプレーが出来る、縁の下の力持ちと表現するのがまさにふさわしいタイプだ。
そんな竹下がこの重要な場面で決定的なゴールを決めるなど……誰が予想しただろうか。
喜びを爆発させているチームメイトの輪に俺も駆け寄っていきつつ、俺はふと自陣を振り返った。
自陣に残っているのはキーパーの今井キャプテンと太一だけだったのに対し、向こうのチームは翔・中野先輩のツートップが残っていた。俺たちのチームは6人中4人がゴール前に殺到していたということだ。
俺は少し怖くなった。もし今のこぼれ球が相手チームに渡っていたならば、そのカウンターは必中のもの……こちらのチームにとっては絶対絶命のものだっただろう。あの2人にこれだけの広大なスペースを与えていてはやりたい放題と表現する他はない。どれだけ太一の読みが冴えていたとしても止めるのは難しかっただろう。
ピピー、と審判武井さんの笛が鳴り、前半終了が告げられた。
「お前、よくここまで上がってきたな!」
俺は竹下の頭をはたきながら、興奮を伝えた。
竹下は元来の慎重な性格で、しかも生粋のDFだから、良くも悪くも守備のリスクに対して本能に近いくらいの恐怖が染みついている選手だ。こんな大胆なプレーをするような人間だとは思ってもみなかった。
「いや、俺も不安だったんだけどさ……アイツが『上がって良いよ』って言うからさ」
竹下が振り返った先にいたのは……太一だった。
太一は相変わらずどういう感情なのか読めない、ふにゃふにゃした表情をして微笑んでいた。
さっきも述べた通りサッカーでは試合の流れ、というものが存在する。それが何か分析して述べられるような実体のあるものではないのだが、実際に経験した人間ならば多くが共感してくれると思う。「なんとなく点が入りそう」「(相手選手を見て)まだボールに触っていないが、立姿だけで上手そうだな」「今が勝負時だ」など様々だが、論理的でない色々なことを肌で感じながら……そしてその感覚を信じて選手はプレーしているものだ。
しかしそうした感覚というものは、ある程度の経験があって初めて得られるものだ。サッカーを始めて2週間程度の太一に(太一本人が聞いたらまた否定するのだろうが)、守備面だけでなくゲーム全体を読む能力が備わってきているということなのだろうか?
「お前……竹下に上がれって言ったの?」
たらたらとベンチに(実際にはベンチすらなく、地べたに座って固まっている位置をベンチと便宜上呼ぶだけなのだが)戻ってきた太一に尋ねた。
「まあね。あそこはどう見ても点が入る状況だったし、僕より竹下君の方がシュートの確率は高いでしょ?」
さも当然のことを語るように太一は答えた。
「……どう見ても点が入る状況だった、のか?」
「そりゃあね……正洋がフリーでシュートが打てるのは見えていたからね。正洋は右側に角度の付いた位置からシュートを打つ時は、ほぼ間違いなく逆サイドの低いコースを狙うじゃん?」
「え?……俺そうなの?絶対逆サイドに低いシュート打つの?」
俺は生まれて初めて自分のプレーの癖を指摘されたので驚いた。それも自分で意識したこともなかった部分だから尚更だ。
「まあ、9割くらいの確率だと思うよ。残りの1割はミスキックをした場合だね。で、その場合には大きく外して外に出る可能性が高い。逆サイドの低い弾道だったらキーパーが弾いても、誰かが詰めていればゴールになる可能性が高い……まあ、ゴールになる確率は6割くらいだったかな。もちろん向こうにボールがこぼれて攻められる可能性も3割くらいあったけど、こっちのゴールになる可能性に比べれば断然少ないって思ったからさ。そうしたらゴールの確率を上げるために竹下君にはゴール前に詰めてもらわないとね」
太一の口調は相変わらず淡々としていた。特に自分の分析が当たったことを誇るでもなく、ただ事実がそこにあることを述べただけ……という口調だった。
具体的な確率を言い出した太一の分析が、どれほど正確なものなのか……俺には知る由もないが、それでもこうして実際に得点が入ってしまった以上、文句を言う筋合いはない。
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