29話
「ピピー、終了だ!おつかれ~」
最後のミニゲームが終わり、今日の練習は終了になった。
結局、最初の基礎錬のあとはチームを入れ替えつつ、ずっとミニゲームをしていた。
いつもは流石にもう少し色々な練習をするのだが、太一が入ったこともあるし、2年がいない状況での初日の練習としてはこれで良かったのかもしれない。
太一はその後のミニゲームでも存在感を示していたし、さらなる進歩も見せていた。
パスカットが狙って出来るようになると、全体の流れがより掴めてきたのか、攻撃の際のポジショニングも良くなってきたのだ。ただ足元のボールテクニックがないから、攻撃ではあまり存在感を示すことは出来なかったが。
「なあ、太一……お前本当にサッカー経験ないんだよな?」
練習が終わると、俺は太一に真っ先に声を掛けた。
「なんだよ、正洋。僕のこと信じてないのかい?ひどいなぁ……それよりもお腹ペコペコなんだけど。これは僕ヤバいんじゃないだろうか?」
ヘロヘロの顔をした太一に、俺はスポーツドリンクを放ってやった。太一は練習中も水しか飲んでいなかった。
「あ、めちゃくちゃ美味しい!何コレ、正洋?」
「別にどこでも売ってるスポドリだよ。……そんなことよりお前、妙なこと言ってなかったか?『僕だって15年生きてきた中でサッカーを目にする機会はいっぱいあったから、完全に未経験って言ってしまうのも違うかもね』……って、お前あれどういう意味だよ?」
試合中も太一のプレーを見る度にその言葉が浮かんできては、それがどういう意味なのか理解に苦しんだ。
「え、ああ。……どういう意味?って聞かれても、そのままの意味としか答えようがないんだけど……」
太一は一瞬で500ミリのペットボトルのスポドリを飲み干すと、本当に困ったような表情を俺に向けた。
ったく!コレだから頭の良いヤツは話が通じねえな!
「わかった、整理しよう。……とりあえずボール蹴ったのは今日が初めてだな?」
「いや、体育の授業でやったことくらいあるよ!」
「うん、まあ、そうだな。でも……本格的にサッカーやったのは今日が初めてだよな?……で、サッカーに限らずスポーツってのは、目にしたことがあるのと実際にやってみるのとでは一般的に言って大いに差があるとおもうんだがな……」
「ああ、そうだよ……だから僕も苦労したよ。全然思い通りにいかなくてさ!……本当僕はサッカーとか運動の才能はからっきしなんだなぁ。結局あれだけやって1点も取れなかったんだもんな」
太一は本当に悲しそうな眼をしていた。
コイツは本当に自分に才能がない、と思っているのかもしれない。
「いや、何言ってんだよ太一。そりゃあ攻撃では1点も取れなかったかもしれないけど、守備では大活躍だったじゃねえかよ!そのことを言ってるんだよ!」
「ああ、まあ……守備はやってれば慣れるし、みんな見たことあったからさ……」
は?……ったく、この辺で話が通じなくなるな。
「……いや、『見たことあった』って何をだよ?……そもそもお前サッカーに興味があったわけじゃないんだろ?興味ないのを見たって何も覚えてないだろ?そんなの見てないのと一緒じゃねえのか?」
俺の疑問符の連続に今度は太一が怪訝そうな顔をした。
「いや、正洋、あのね。見たってのは授業でやってるサッカーを窓からちょくちょく見てたんだよ。……正洋はあんまり興味を持たないで見てたことはすぐに忘れちゃうの?すごいね!……ボクは中々忘れられないんだよね~」
「……は?」
まるで何を言っているのか分からなかったが、とりあえずなんとなくバカにされていそうな気がしたので、ほっぺたをつねっておいた。
「ほう、ひゃめろって……ボクはさ、一回目にしたことはあんまり忘れられないんだよね、頭ににその瞬間の映像が焼き付いているというかさ。……あ、もちろん興味の薄いことは思い出すのに時間がかかっちゃうんだけどね。でも映像が焼き付いているから、多少時間を掛ければその瞬間の映像は後で見れるんだけどね」
「は?オカルトとか超能力の話か?」
俺はコイツが本気でからかっているんだと判断した。
「あ、違う違う。小さい頃から将棋をやってるとね、なんか頭の中がそんな風になっちゃうんだよね。……ほら春ごろに1年生は授業でサッカーやってよね?だから今日一緒にプレーした1年生みんなの動きとかは頭の中に入ってたんだよ」
(みんなの動きは頭の中に入ってた?)
「……そんなわけあるかよ……」
俺の反論の声は弱々しいものだった。
それはそうだ。だって今日の太一の動きを見れば、どう考えても太一の言っていることが正しいのだから反論の余地はない。
……いや、だが、一度見た光景は忘れない?
そんな言葉を信じるわけにはいかなかった。
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