30話
説明を聞いてより不審感が強まった俺の表情を見て、太一はため息をつきながら説明を追加してくれた。
「あのね、正洋。僕は将棋を始めたのが小3で人より遅かったんだよ。だから必死になって勉強した。特に練習したのが詰将棋なんだけどさ……」
普通なら子供としか言えない年齢の小3が、トップ棋士を目指す人間としてはやや遅いスタートであった、ということは既に述べたと思う。
詰将棋というのは……簡単に言えば相手の王様を詰ます問題集みたいなものだろうか。俺にはよく分からないが、それをやっていると将棋が強くなるそうだ。過去に何度か太一から説明を聞いたことがあった。
「学校までの登校中とかは問題集を見ながら歩いていけば良いんだけどさ、授業中とかは流石に先生にも申し訳なくて、将棋の本を開いているわけにはいかないじゃん?だから授業が始まる前に幾つか問題の局面を頭の中にインプットしておいて、授業中は頭の中で駒を動かして、詰将棋を解いていくっていう方法を身に付けたんだよね。……んで、それが癖になると、問題の局面を見た瞬間にインプット出来るようになっていったんだよね」
授業中もずっと将棋のことを考えていたのか!……まあプロを目指すのならばそれくらいやらなければいけないものなのかもしれない。
要は異常に集中していたその時に、瞬間視(という表現が適切なのかは分からないが)の能力を手に入れた、ということか。……いや、もちろんどれだけ努力をしたって誰もが手に入れられる能力ではないと思うが……
「だからさ、全然サッカーってものを知らない子供とかに比べれば僕にはデータがいっぱい入ってたわけだよ。それを完全に未経験って言っちゃうのも違うのかな、と思ってさ」
「……じゃあ、吉田のプレーとかも頭に入ってたってことか?」
初見の1対1で吉田を完璧に抑えたシーンが俺には浮かんでいた。
一般的には初対決の場合は攻撃側が有利だと言われている。どうしたって主導権を握るのはボールを持っている攻撃側になるからだ。
「そりゃあね。吉田君は足が速いから目立つし一番はっきり覚えてたよ。……授業の時だけじゃなくてサッカー部の練習も時々は見てたからね。でもやっぱり、外で見てるのと中に入って実際にプレーするのとは全然違うね。そこのイメージを修正するのには僕も結構時間が掛かっちゃったよ!」
太一はそう言うと軽く首を振った。
中々難しくて思い通りにいかなかった……という意味なのだろうが、あれだけのプレーを見せておいて何言ってんだコイツ?としか俺は思わなかった。
スカウティングといって、対戦相手のプレーをビデオなどで繰り返し見てイメージを焼き付けることはプロ・アマやスポーツを問わず多くの人がやっていることだと思うが、実際の対峙してみるとどうしたって映像のイメージとは差があるものだ。
最初の数分の太一の動きはイマイチだったが、逆に言えばその数分でイメージのズレを修正しきった……ということだ。瞬間視の能力よりも、実はその修正能力の方がスゴいのではないだろうか?
ボールテクニックはまだ全然だし、運動経験もなくひょろひょろの身体の太一だが……2年生たちとの対決において戦力になることはすでに疑いようがなかった。
「頭の良い太一なら、サッカー未経験でもしかして役に立つんじゃないか」そんな淡い期待を抱いていたのは俺自身なのだが……実際にそれが的中すると複雑な気持ちも湧いてきた。
俺がずっと努力してきたサッカーでも、太一の圧倒的な才能によってあっさりと抜いていかれる未来がありありと見えたからだ。
……まあ、良い。今は2週間後の先輩たちとの対決に集中しよう!
そこで勝たなければ俺のサッカー人生は大きく変わってしまうのだ。(別に大したサッカー人生でないことは俺が一番よく分かってるんだから、指摘するんじゃないぞ!)
そのために太一が優秀な戦力になりそうだ、ということが分かったことは純粋に喜ぶべきことだ。
「あれ?」
俺は太一のさっきの発言をふと思い出した。
「太一、サッカー部の練習を時々見てたって言ったよな?……ってことは、2年の先輩たちの動きも頭に入ってるってことか?」
「ああ、まあ多少はね」
太一が先輩たちとの対決において欠かせない存在であることは、これで決定的になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます