28話

(……太一のヤツ、またマーク離してやがる!)


 先ほど高島にボールが渡った際に、ピンチにならなかったことに安心しているのだろうか?

 あるいは、太一はスタミナが切れつつあるのだろうか?

 それも有り得ることだ。太一は運動経験がほぼ無いのだ。ここまでは想像以上に活躍してきたと言って良いが、もう疲れてきている……ということは充分考えられる。


(太一!)


 と声を掛けようか迷って、やめた。

 スタミナ切れなら『もっと動け』というのは酷な話だし、マークの甘さがピンチを招くというのを身をもって知っておくのも良い経験だろう、と思い直したからだ。


 案の定、敵チームのDFラインにいた森田から高島に縦パスが打ち込まれた。

 しかも今度はパススピードも速く、足元に正確に打ち込まれたナイスパスだった。

 今度は高島も前を向くだろう。そのままシュートも打てる距離だし、吉田あたりが動き出していれば、決定的なラストパスを通されるかもしれない。


 だが、森田の縦パスに誰よりも早く反応したのは……太一だった!

 太一はトップスピードでパスカットすると、そのままの勢いで前方に居た俺にパスを出してきた!

 パスを受けた俺はどフリーだったが、あまりのチャンスに力んでシュートを外してしまった。


「正洋~、何やってんの~?」


 煽るような太一の声を聞いて、俺は初めてアイツの意図に気付いた。


 そうなのだ!アイツは1対1の際に相手をハメたように、パス回しにおいても相手をハメたのだ!

 すなわち……高島に対するマークを緩くしておいて1回目のパスを通させたのもわざとであり、2回目もマークを緩くしてわざとパスを出させたのだ!そして狙い澄ましてそれをカットした、というわけだ。

 パスカットに向かう太一の反応の速さがそれを物語っている。正確に言うと森田のパスが出る直前に太一はスプリントしていた。パスを見てから反応したのではない。


(……コイツ、めちゃくちゃ性格悪くねえか?)


 太一の驚くべき能力の前になぜか俺はそう思った。そして安東の太一に対する苛立ちも理解出来た。

 ここにいるどれだけの人間が太一のしたことを理解しているかは分からないが、こんなに高度な守備をやってのける人間が未経験者とは信じがたいのだ。

 1対1で相手のドリブルを抑えるのも大変なことだが、反応に優れていたり、何か別のスポーツの経験があったりすれば不可能ではないかもしれない。(バスケや武道・格闘技などは1対1の感覚が近いかもしれない。)

 だが、相手のパスワークを分断してインターセプトする……それも相手をハメて……となると味方の動き、敵の動き、ボールの動き……観察して予測しておかなければならないことが多すぎるのだ。太一はその流れを完璧に読み、コントロールした。


(コイツ、ホントは相当なサッカー経験者じゃねえのか?)


 俺ですら太一のことが信じられなくなってきた。



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