67話

 ボールを受けた高野先輩がドリブルでハーフウェイラインを越えて進んできた。

 同じDFラインの今野先輩もともにハーフウェイラインを越えて来ている。中盤だったはずの川藤先輩はほぼFWと同じくらいの位置に張り出し、翔先輩・中野先輩とともに3トップに近い状態になっていた。


 対する俺たちは完全に引いて守っていた。意図的にそうした守備陣を敷いたというよりも、2年チームの勢いに押されてそうなってしまったという方が正しい。前線にいたはずの安東と高島もそれぞれ翔先輩・中野先輩のマークに付き、竹下は川藤先輩のマークに付いていた。俺はいつの間にか最後尾ゴール前中央のスペースをケアしていた。

 こちらのDF陣はマークに付いていると言っても、ギチギチのマンマークというわけではない。自分たちのゴール側のスペース……いわゆるを取られることを最大限ケアしたポジションを取っている。まずはとにかく決定的なスペースでパスを受けられることだけは防ごう、という守り方だ。

 

 左サイドの中野先輩がやや下がってボールを要求した。

 そこに川藤先輩からパスが入る。マークに付いていたのは安東だったがパスカットは狙わず、トラップしたボールにもあまり食いつきはしない。かわされてより決定的なピンチになることを何よりも避けよう、というディフェンスだ。

 安東の対応を見た中野先輩はドリブルを仕掛けてきた。いつもの本気の突破を狙ったものとは違ったチンタラしたものだった。明らかに安東が足を出してくるのを誘っている。

 だがそれにも安東は足を出さず、徐々に中央から外へ外へと中野先輩を追い出すようなディフェンスで粘り強く対応した。むろん中央ゴール前で待ち構える俺も2人の動きを見て、中野先輩がいつ突破を仕掛けてきても対応できるポジションを取っていた。

 埒が明かないと判断したのか、中野先輩は一旦ボールを後方の高野先輩に戻した。


「ヘイ!」


 だが次の瞬間、中野先輩は今度は中央に流れながら短くダッシュして再びボールを要求した。

 ダイレクトでリターンパスが入る。

 急なペースチェンジにやや後手を取った安東だったが、それでもその差はほんの1歩といったところだろうか。

 ゴール方向にターンした中野先輩に、逆サイドにいたはずの翔先輩がいつの間にか寄ってきていた。

 これはヤバい!いつものパターンだ。


「固めろ!」


 俺は叫んでいた。

 多彩な攻撃パターンにいちいち付き合って翻弄される必要はない。サッカーはゴールさえ奪われなければ良いのだ。ゴール前さえ固めておけば失点はしない。むろん俺の言葉を聞くまでもなく皆そうした意識でディフェンスをしていた。

 だがその雰囲気は中野先輩も感じ取っていたのだろう。寄って来た翔先輩には目もくれず、ワントラップするとなんの躊躇もなく右足を振り抜いてきた。やや遠い距離からではあるが強烈なシュートだ!


「う……」


 腹の真ん中でボールをブロックした安東は、一瞬動きが止まる。

 ナイスブロックだったが、こぼれたボールが今度は川藤先輩の目の前に転がっていた。

 川藤先輩も躊躇なくダイレクトでミドルシュートを打ってきた!ちょうど打ち頃に転がってきたボールで威力もさらに強いものだった!


 だが今度も俺たちは身体を張った!

 ブロックに入ったのは高島だ。長い脚を伸ばしてなんとか足に当てて防いだ!

 だが……三度みたびボールを拾ったのは2年チームだった。何の因果か、今度は翔先輩の左足に吸い付くようにボールは転がっていった。

 翔先輩もダイレクトで打つべく左足を振り上げる。

 

 下がって守るディフェンスには、そのブロックの外からのシュートが有効だと言われる。

 外からのシュートが際どければ際どいものであるほど、DF陣はシュートを打たせないようにチェックに出ていかなければならなくなるからだ。チェックに出て来れば当然どこかにスペースが出来る。

 このミニゲームのようなハンドボールゴールの小さい枠に、キーパーでも止められないコースと威力でシュートを打ち込むのは簡単なことではない。今の2本のシュートはその脅威を感じさせるものではあったが、実際にゴールになる確率はそれほど高くなかっただろう。

 だがDFとしてはもう同様のシュートを打たせることが怖くなってくるのだ。あれだけ派手なシュートを2本打たれると、次のシュートを打たせないように飛び込んでしまう。これはDFの本能に近いといって良いほど身体に染み込んでいる習性だ。


 翔先輩がシュートモーションで左足を振りかぶったのに対し、マークに付いていた竹下はコースをより限定するため翔先輩に飛び込んだ。

 だが振りかぶった左足はゴール方向に振り抜かれることはなく、右前方に軽くボールを押し出した。キックフェイントだ!



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