66話
だが俺の代わりに中盤に出ていった太一のプレーはイマイチだった。
周りの状況はよく見えていたが、やはりプレッシャーを浴びながらプレーすることに慣れていないのだろう。簡単なミスでボールを失うことが多く、守備面でもDFラインにいた時ほど効果的な守備は出来ていなかった。
(……そうか、アイツもう動けないんじゃないのか?)
太一の様子を見ていて俺は気付いた。
たかだか15分ハーフの試合だが、目まぐるしい攻防の真剣勝負では体力の消耗も激しい。
太一はそもそも運動経験がなく、普通に考えればこの中で一番スタミナがない。2年チームが最近練習をまともにしていなかったと言っても、その差が2週間で覆ったりはしない。さして密度の濃い練習でなくとも、やはり長期間部活を続けてき人間ことは土台となる体力が違うのだ。逆に言えば太一はそんなスペックでよくここまで活躍してきたものだ。ただただアイツの異能っぷりが光る。このまま練習を続けてフィジカルが強くなれば、きっとスゴい選手になるのではないだろうか。
DFラインから中盤にポジション変更をしたいと言い出してきたのも、そういうことだろう。DFラインでのミスは失点に直結する。そのリスクを考えてポジション変更を申し出てきたのだろう、と俺は解釈した。
(……いや、じゃあ交代しろよ!)
この試合、俺たち1年チームは何回でも交代を使って良いことになっている。実際に他のメンバーは何回も交代している。なのに太一が交代を申し出なかったのはなぜだろうか?
どうしても試合に出続けたかった、というエゴなのだろうか?
もちろんその可能性もあるが、冷静で勝負事に人一倍強い信念を持っているであろう太一なら、そんなエゴよりもチームが勝つことを優先しそうな気がする。
だがまあ、太一が試合に出続けるのがエゴだとしたら……そのエゴを貫くのも悪くない気はする。サッカー未経験の太一がそれだけこのゲームを面白いと思っているのだとしたら、それに勝る収穫はないのではないか?
「川田、取れる!」
安東から太一に声が掛かる。
中盤での相手のパス回しに対して、絶好の位置に太一がポジションを取っていた。
ここでパスカット出来れば、相手のDFとこちらの前線とで3対2の状況……太一がパスを受けようとしている高野先輩を上手く引き剝がすことが出来れば、3対1の状況を作れるかもしれない。そうなればチャンスは決定的だ。
安東の声が掛かる前から太一はボールを予測していたのだろう。ダッシュして高野先輩の前に出る……………………だが、太一は途中でダッシュをやめてしまった。そして右足を引きずるように2,3歩進んだが、足を押さえてうずくまってしまった。
(ほれ見ろ!言わんっこっちゃない!)
足の動かなくなった(恐らくふくらはぎ辺りが痙攣しているのだろう)太一にそう叫んでやりたい衝動を覚えたが……俺はすぐに考え直した。
太一の存在がなければ俺たちはこうも先輩たちと戦えていただろうか?俺たちがここまでやってこれたのは間違いなく太一のおかげだった。
ピッチ外では太一の様子を見て、すでに吉田が交代の準備のために立ち上がっていた。
だがボールがピッチ外に出なければ交代は出来ない。つまりこのピンチを凌げなければ交代は出来ないし、またここで失点してしまったら交代もあまり意味がない。残り時間は本当にわずかなのだ。ここで点を取られては追い付くことは難しい。
(考えろ。冷静になって相手を読め。……いや、太一ならきっとこのピンチを防げるはずだ。お前が太一になり切るんだ。そうすれば絶対止められる!)
最終ラインに下がっていた俺は自分にそう言い聞かせた。
太一ならどう判断しどう動くか……俺がアイツになり切って代わりに実行してやろうというのだ。それは奇妙な思い付きだが不思議と俺を落ち着かせた。
太一がピッチ中央付近でうずくまっており、こちらは1人少ないに等しいがここさえ守り切れば逆転のチャンスはきっと来る。
はっきりした根拠はないが、俺はそう自分に言い聞かせた。
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