69話

 俺からの縦パスを左サイドハーフウェイライン付近で受けた太一は、ドリブルでゴール方向へと進んだ。太一を追いかけるように俺と安東、そして高島も全速力で相手ゴールに向かっていった。ちなみに竹下だけはバランスを取るために自陣に残っている。この辺りは竹下のバランスを重視する性格が出たと言えるだろう。


 相手DFの高野先輩・今野先輩は帰陣が遅れていた。決定的チャンスをものに出来なかったショックから判断が遅れたのかもしれないし、そもそもスタミナが尽きかけていたのかもしれない。


 ……いや、1人だけ猛然と走ってきてディフェンスをした人間がいた。翔先輩だ!

 翔先輩はこの時間帯でもまだまだ全開だ。

 太一はドリブルが上手くない。攻撃面の技術はどれもまだまだではあるのだが、ドリブルは優先順位が低いこともあって(DFはあまりドリブルを必要としない)、特にその傾向が顕著だ。

 みるみるうちに距離が縮まってゆく。


「出せ、太一!」


 俺は叫んだ。

 アバウトなパスで充分だ。中央には俺・安東・高島の3人が走り込んでいる。敵DFの高野先輩・今野先輩も必死で戻ってきてはいるが、まだ追い付けてはいなかった。誰でも良いのだ。中央の誰かにパスが通ればそれだけで決定的チャンスなのだ。

 だが……はたと気付くと敵GKの岸本先輩がゴールを空けて前方のポジションをケアしていた。中途半端なパスではカットされるかもしれない。


 ペナルティエリアの角のあたりまで侵入した太一は左足を振り上げ、キックの体勢に入った。……お前左足で大丈夫か?と一瞬だけ思ったが、俺の同点ゴールのアシストは見事な左足でのロングパスだったことを思い出した。




「返せよ……!」


 そのタイミングで翔先輩が追い付いてきた。猛然と脚を伸ばしブロックに入る。

 だが太一は狙い澄ましたかのようなタイミングで切り返した!

 ゆるゆるとしたドリブルは翔先輩が飛び込んでくるのを誘っていたかのような、見事に緩急を付けた切り返しだった。


(上手い!)


 俺もその切り返しを見て、ゴール前に入ってゆくタイミングを少し遅らせる。

 まさか太一にこの切り返しがあるとは思っていなかったのだろう。翔先輩はバランスを崩し身体が流れてしまった。

 太一が今度は右足でキックの体勢に入る。

 だが切り返した分だけ遅らせられて、今野先輩・高野先輩がゴール前に戻ってくる。

 今野先輩は俺たちが狙うゴール前のスペースと太一の持っているボールの最短距離を塞いでいた。グラウンダーのパスでは引っ掛かってしまうだろう。ここでカットされてしまうことは、チャンスを潰すというよりも、決定的ピンチを招くことを意味する。俺たちはこのチャンスに賭けて全速力で上がってきているのだ。流石にもう自陣に戻ることは厳しい。


(いや、太一なら大丈夫だ!)


 もう一人のDF高野先輩はゴール前に戻ってきていたが、俺たちは3人で飛び込んでいる。増してゴール方向に戻りながらディフェンスするというのはとても難しいものだ。ゴール方向に飛び込んで、ボールに触れば良いだけの攻撃側の方が圧倒的に有利なのだ。


 太一が右足でキックを放った!切り返してからのキックはバランスを崩したりミスが出やすいものだが、体勢も崩さずミートもしっかりとしたインフロントでのキックだった。美しい弧を描いてボールが放たれる。

 だが、その瞬間を狙っていたかのようにGKの岸本先輩が飛び出してきた。

 これはGKにとってはイチかバチかのプレーだっただろう。それでも太一のクラスが俺たちに繋がってから対応するよりは防げる確率が高いだろうから、これは好判断だったかもしれない。

 岸本先輩は真ん中に走り込んでいた俺を狙って飛び出してきた。ヘディングで競り合うようなボールが来たら手を使えるGKにヘディングでは勝てないだろう。


 太一の蹴ったボールはやや高く滞空時間の長いものだった。一番近くのコースをケアしていた今野先輩の肩口を抜け、ニアサイドに走り込んでいた安東の頭上をも越えてゆく。もちろん安東はゴール方向に向かうことをやめない。この後ボールがどうこぼれてくるかは分からないのだ。プレーを勝手に判断してやめない、というのは大事な心構えだ。


(いや、俺でもないな……)


 ボールの軌道は俺の頭上も越えていきそうだった。もちろん俺もプレーをやめない。ファーサイドに飛び込む高島から折り返しのヘディングが来ることもあるし、シュートのこぼれ球を狙うことも当然だ。

 となると太一の狙いはファーサイドの高島だったということになる。長身の高島をターゲットにクロスを上げるのは自然なことだ。高島は機会も多いので3人の中ならヘディングの技術自体も一番高い。


 だが太一の蹴ったボールはさらにふわふわと伸びていった。ゴール方向に向かうインスイングのカーブを描き、高島が届くかギリギリの場所に向かっていった。

 ……いや届いたとしても角度的に直接ゴールを狙うのは難しそうだ。俺は高島の折り返しを狙いゴール前にポジションを取り直す。

 ギリギリのところに飛んだボールに対して高島は、エンドラインを割らないように必死で飛び込む!あわやゴールポストに激突しそうな地点だった。




(……いや、これは……)


 中央の俺に照準を合わせ飛び出してきたGKの岸本先輩だったが、太一のボールが思ったよりも長いことを知ると、ゴール方向にバックステップで戻っていた。

 ……だが緩やかなカーブを描いたボールは、そんな岸本先輩の頭上を嘲笑うかのように越え、そしてサイドネットにふわりと吸い込まれた。


 終了間際の太一の逆転ゴールだ!


 

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