34話
(!!??)
太一にこんなことをされるとは思っていなかったので俺はすこぶる驚いたが、ようやくそこで何かコイツにも意図があるのだということを理解した。
「お、おう。そうなんだよ、朝川。何とか翔先輩を通して上手く取りなしてくれないかなぁ……なんてムリだよな?」
「そうなんだ……。う~ん、でも私から何か言っても聞くようなヤツじゃないし、そもそも今はほとんどまともに会話すること自体がないから……ゴメンね」
そう言うと朝川はペコリと頭を下げた。
「そっか、まあそれはそうだよね。僕らが自分で蒔いた種だしね」
太一は実にあっさりと引き下がった。……いまだコイツの意図を俺は図りかねていた。
「……でも、これをきっかけにアイツがもう一度サッカーを真剣にやってる姿を見たいなぁ、なんて……。だから二人とも頑張ってアイツを倒してよ!」
「そうだよなぁ、中学の時の翔先輩のプレーには俺も憧れて、翔先輩がいるならこの部活も悪くはないかな、って思って入ったんだよ」
朝川の言葉に俺は昔の翔先輩の華麗なプレーを思い出していた。
「あれ?朝川さん、お兄さんのことをそんなに心配してるんだ?」
気付くと太一が彼女に微笑んでいた。
「……え、いや、別に全然そういうんじゃないけどね!アイツはアイツで勝手にすれば良いんだけどさ!……でも、サッカーを真剣にやってた頃のアイツの方が魅力的だったのは確かかもね……って、別に全然そういうんじゃないから!ごめん、私もう行かないと!」
お手本のように見事なツンデレ・ブラコンっぷりを残して朝川奈緒は去っていった。
「……おい、太一どういうつもりだよ?」
朝川が去ってすぐ俺は太一を問いただした。
サッカー部には何の関係もない彼女に頭を下げさせてしまったことが俺には申し訳なかった。
「え?どういうつもり……って、出来るだけ相手を油断させた方が良くない?こっちのモチベーションが充分!って思われてるよりも、ロクに戦闘態勢が整っていない、と思わせておいた方が勝率が上がるでしょ?さっきの話が朝川さんを通して翔先輩に伝わるかどうかも定かじゃないけどさ、勝つ確率を少しでも上げるために使えるものは何でも使わなきゃ」
「……そういうことか」
もちろん俺も勝負には絶対勝ちたいとずっと思っていたが、そこまでの策略は考え付かなかった。
「そこまでするとは、流石は元奨励会だな……」
思わず漏らした俺の一言に太一はからからと笑った。
「何言ってんの正洋!棋士はマナーとか礼儀にすごくうるさいんだよ。こんな盤外戦術みたいなのは異端中の異端だよ。師匠に知られたら退会した今でも怒鳴られるんじゃないかな?……全ては正洋に大好きなサッカーを続けて欲しいからだよ」
そう言うと太一はペロリと舌を出した。
(……コイツ!)
俺のため、という最後の一言が本音にはとても聞こえなかったが、照れ隠しとして冗談めかした……という可能性もある。
むろんそれが完全な嘘というわけでもないだろうが、今の太一は明らかに勝負を楽しんでいた。さして興味を持っていたわけでもなく、成り行きでやることになったサッカーの対決ですら、それほどまでに勝ちたいと思える太一の勝負に対する執着は俺の想像を超えていた。
付き合いはもう4年ほどになるが、この数日間の太一は初めて見せる表情ばかりで、なんだか別人のような気さえする。本当はこっちがコイツの本性なのかもしれない……ということを俺はぼんやりと思った。
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