2話

 この前行われた1学期の期末テストなんかはひどかった。


 高校1年の一学期の成績がこれで決まるということで、俺は表には出さないが緊張していたし、気合いも入っていた。

 俺は勉強よりもサッカー部での活動に重点を置いた高校生活を送っていたが、それでも赤点は取りたくないし、将来のことを考えれば少しでも良い成績を取りたいと思っていた。当然周囲には「部活が忙しくて勉強なんか全然やれないよ!」アピールをしながらも、ひそかに1週間前から本格的なテスト勉強を始めていた。

 当然テスト直前の10分間の休憩時間も必死で勉強していた。なんだかんだこの直前の見直しで点数が大きく変わるということも多い。

 次の科目は世界史だった。

 



 不意に後ろから肩を叩かれ振り向くと、教科書を小脇に抱えた太一が泣きそうな顔をしていた。


「正洋~……テスト範囲って、どこからどこまでなの?教えてよ~……」


 俺は思わずズッコケそうになった。

 世界史の山中先生は優しい先生だから、授業中にも再三テスト範囲と問題の傾向に関して説明してくれていたが……まあコイツのことだから聞いていないのはしょうがない、うん。しかしだ……


「テスト範囲のプリントがあったろ?全部の教科の範囲が書かれたやつ……」


「え、何それ?そんなのもらってないよ!」


 そんな情報初めて知った!と太一は長いまつげに縁取られた眼をぱちくりさせた。

 うちの高校では、テスト週間になると各教科のテスト範囲をまとめたプリントが配布される。現代文56ページ~85ページ、世界史23ページ~75ページというように全ての教科のテスト範囲が一覧になったものである。


 それを……「もらってない」だと??

 もちろん地頭が良いことは百も承知していたが、授業もまともに受けずにテストでトップクラスの点数が取れるのは、テスト前に集中して勉強しているんだと思っていた。流石に。

 教室という場所や授業中という決められた時間に集中するのが苦手なだけで、自分のペースで勉強するのが得意なタイプなんだと思っていた。

 それが……テスト10分前に「テスト範囲をどこからどこなの?」だと!?……しかもこの顔はマジのヤツだ!


「……世界史は23ページから75ページだよ。あと資料集の方が35ページから63ページ。こっちの方からも結構出るって山中先生は言ってたぞ」


「そうなんだ!正洋ありがとう!」


 そう返事をすると太一は自分の席にも戻らず、俺の資料集をパラパラとめくっていた。やがて自分の席に戻ってからは教科書をめくっていたから、ひょっとすると資料集は学校に持ってきていなかったのかもしれない。

 



 その次の時限は数学だった。

 またしても同様に「テスト範囲どこ~?」と聞いてくるものだから、めんどくさくなって俺は全教科のテスト範囲が記された例のプリントを渡してやった。


「……え?くれるの?……でも、そんなことしたら正洋がテスト範囲分かんなくなっちゃうじゃん!ダメだよ!」


 と太一は俺に気を遣ってくれた。言うまでもなくこれは学年全員に配られたプリントで、秘密裏に手に入れた虎の巻なんかではない。気を遣うポイントがずれまくっている。


「……俺はもう全部の教科書に範囲を書いてあるから大丈夫だよ。っていうか授業聴いてりゃ、いちいちテスト範囲を確認する必要もないんだけどな。……多分みんなそうだぞ」


「そっか、ありがとね!」


 ホクホク顔で自席にもどろうとする太一を俺は呼び止める。


「太一、ちょい待ちな。……数学は教科書を全部読む必要はない。ここの3つの公式を覚えて応用していくだけだ」


「え、何それ?そんなのあるの?教えてよ!」


 俺は得意な数学を太一に教えてやった。10分間のミニ講義だ。よく言われることだと思うが、これは教える側にとっても勉強になる。誰かに教えるためにはそれだけ理論的に体系付けて理解していなければならない。それを再確認することは総まとめとしてピッタリなのだ。

 一方の太一は「ふーん」「そうなんだ」「すごいね!」とどう考えても理解してはいなさそうな返事が返ってくるのだが、後で確認すると完璧に覚えているだけでなく、応用の問題も一発で正解してしまうのだった。


 数学の本番のテストは10分残して終了したので、見直しを終えて顔を上げると左手前方の席の太一はとっくに机に突っ伏していた。いつも通りの安らかな寝顔だった。

 その顔見ていると、ふと思った。

(……一応テストで良い点取ろうと思ってるんなら、たまには起きて授業を聞いておけば良いんじゃねえのか?)

 思い返すほどに太一の行動は意味が分からない。

 成績なんかどうでも良い!知ったこっちゃない!と開き直るのならばテスト中も寝て過ごせば良いだけだし、良い成績を取ろうというつもりならばテスト前の数回の授業だけでもちゃんと起きて聞いておけば良い。ノートなんか取らなくても太一の頭脳ならば、それだけで学年トップになるだろう。

 太一の行動は矛盾している。それとも、授業中起きていられないのは何か呪いでもかけられているのだろうか?と半ば本気で考えてしまった。




 あ、一週間後にテストが返却されましたたけど、205人中俺は78位でした。中間よりも成績は上がってました!

 ちなみに太一はクラスでトップ、学年で3位だそうです。

 ……何だそれ!ふざけんな!バカヤロウ!日本死ね!この理不尽頭脳!コロナはいつ収束するんだよ!早くライブが観てえよ!


 ……失礼しました。分かっちゃいたけど、やってらんねぇです。



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