63話

 試合が再開した。

 試合全体を気まずい雰囲気にしてしまい申し訳ない、という気持ちは残っていたが、謝るのは残り3分間ほどのこのゲームが終わってからだ。

 ボールが動き、ボールに集中するごとに俺は再び試合に没入していった。


 前線でキープして基点を作ろうとしていた中野先輩にチェックにいく。もう少し粘ってキープするかと思われた中野先輩は簡単にパスをはたいた。

 中野先輩と一瞬だけ目が合う。害虫でも見るかのような嫌悪と恐怖が入り混じった視線だった。やはり先ほど翔先輩にキレたことが俺への印象をそれだけ大きく変え、今も掴みかねている……といったところだろうか。


(ああ……そういうことか)

 その視線を浴びて、俺はさっきの自分の気持ちを理解することが出来た。

 今まで中野先輩に何を言われても腹が立ったことはなかった。さっきの翔先輩の一言ももし中野先輩が言っていたとしてら「まあ、たしかにな」と思うくらいで、キレることはなかっただろう。

 だけど、あんな下らない……この試合自体を茶化すような一言を言ってきたのが翔先輩だったのは許せなかった。それだけ俺にとって翔先輩は特別な憧れの存在だったということなのだろう。

 どんなに練習に身が入っていなくたって、2週間練習をサボっていたって、翔先輩だけは本当にサッカーが好きな筈だ。……どこかで勝手にそう美化していた。


 でも現実的に考えればそんなことはない。本当にサッカーが好きならば他校の女子と遊びに行くために部活をサボったりはしないし、太一に挑発されたからといって部を潰すことにもなりかねないこんな勝負を提案することはそもそもなかっただろう。


 高校入学して初めて身近で見た翔先輩のプレーに、気付かないうちにそれだけ心酔していたということなのだろう。もちろん中野先輩もそれに近い実力者であることは間違いないのだが、翔先輩の技術はそれに加えてどこか品があった。一つ一つのプレーに美しさがあった。

 それがいつの間にか翔先輩という人間自体を美化することにもつながっていたのだろう。目に見える技術からその奥底の精神までもを勝手に理想化して想像していたということだ。

 でも、そんな気持ちは俺の一方的なものだ。翔先輩の側からすれば勝手に憧れられて、理想の姿と違うと失望してはキレられて……迷惑もいいところだろう。


 実際、この試合が終わってからのサッカー部がどうなるのかは分からない。すべてが崩壊する可能性も充分にある。


 でも今はそんなことはどうでも良かった。

 とにかくこの試合に勝ちたかった。

 俺が高校に入って初めて経験している真剣勝負なのだ。太一とともに2週間という短期間ではあるが真剣に練習して、進化させてきた自分たちの成果をきちんと形にしたかった。

 何より試合は3-3の同点なのだ。ごちゃごちゃ理由を付けて目の前の勝負に勝ちたいと思えない……そんなヤツはサッカーに限らずそもそも勝負事に向いていない。



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