62話
堰を切ったかのように、勝手に言葉が俺の口から溢れ出てきた。あの翔先輩に対してだ。
「俺はな……アンタみたいな才能があるくせに本気を出さない人間が死ぬほど嫌いなんだよ!ムカついてたんだよ!!『こんなゲーム』ってアンタは言うけどよ……じゃあ何でアンタはこんな部内のクソみたいなゲームでやられて、ヘラヘラしてるんだよ!そもそもアンタはこんなクソみたいなゲームで駆けずり回ってていいような人間じゃねえだろ?……ここがアンタにとってふさわしい舞台なのかよ?」
「おい、やめないか!」
突然爆発した俺に驚いて誰も口を挟んでこなかったのだが、ようやく間に入ってきたのは審判の武井さんだった。
武井さんの言葉で目を覚ましたかのように、みんなが俺と翔先輩の間に入る。
「やめろって」「吉川落ち着け」
キレたのはどう考えても俺が悪い。あんな会話だけでキレる意味が余人には理解出来ないだろう。俺にも理解出来ない。
大いに浴びるであろうと予測していた2年チームからの罵声も一つもなかった。内容云々じゃなく突然キレた俺が不気味で仕方なかったのだろう。
「はい、両チームとも戻って!サッカーは紳士のスポーツだろ?2年チームからのキックオフで再開だ!」
武井さんが一喝すると、実にあっさりと両チームともポジションに戻った。
今さらサッカーを『紳士のスポーツ』と呼ぶには……今日の俺はあまりにアレなのだが……それでも確かに残りの数分だけでもキチンと勝負の意味を噛みしめたい。その気持ちは本当だ。
不意に後ろから肩を叩かれ振り返ると太一がいた。
今まで見たこともない満面の笑みだった。
「もー、正洋はいっつも自分を押し殺しちゃうんだから。本当の気持ちはなるべく吐き出していかないと身体に良くないよ?」
「……うるせー」
太一の意地悪100%の笑顔にあてられて、俺はとても恥ずかしくなった。
俺は太一の前であまり感情的な姿を見せたことはなかった。太一がいつもあの調子だから当然そうなのだが……少し時間が経ち冷静になると、キレた姿を見られたことは、裸を見られることよりも恥ずかしいことだったような気がしてきた。
「吉川。川田君。始まるぞ、ポジションに戻れ!」
後方の今井キャプテンから再び声が掛かったところで、ようやく太一は自分のポジションに戻っていった。
「がんばれー!」
ピッチサイドから黄色い声援が飛んできた。ずっと見学していた朝川奈緒と桐山さんの声だ。
その声援はどちらかのチームに向けたものというよりも、このゲームそのものを応援しているもののように聞こえた。
俺はキレてしまった自分が余計に恥ずかしくなったし、2人にも申し訳ない気持ちを覚えた。
なぜこのゲームを観戦しているのか、その意図をいまだに掴みかねてはいるが、最後までゲームを見届けようとしてくれている2人には感謝しかない。当事者であるサッカー部の人間以外が見てくれていることは、とても意味のあることのような気がするのだ。
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