61話
「吉川!」「っしゃ~!」
安東と高島が俺の元に駆け寄ってきた。
俺も思わずガッツポーズを取る!
これで同点だ!いよいよ勝負は振り出しに戻ったのだ!
「おい、ふざけんなよ!あんなのアリかよ!?」
一際大きな声がしたので振り向くと中野先輩が審判の武井さん猛烈な抗議をしていた。
武井さんは困ったような表情を一瞬浮かべたが、首を横に振り中野先輩の抗議を却下した。
まあ中野先輩の気持ちも分からなくはないが、これは間違いなくルール上問題の無いゴールだ。……怒られても仕方ないくらいのギリギリのプレーなのは間違いないだろうが。
「何でだよ!……アンタ今井のツレだから、1年チームの味方なのかよ?」
なおも納得のいかない中野先輩は、武井さんと今井キャプテンとの関係性にまで言及し出した。これは流石に言い掛かりという他ないだろう。
「……良いって、中野。もう一点取れば良いだけだろ?」
怒りの収まらない中野先輩の肩を抱き、なだめたのは翔先輩だった。
翔先輩に言われては……という姿勢をありありに、中野先輩も抗議をやめて自分のポジションに戻っていった。
中野先輩の抗議の凄まじさに同点の喜びも半減させられた俺たちも、ハッと我に返る。
「まだ同点だぞ!」
後ろから今井キャプテンからのゲキが飛ぶ。
……そうだ、3-3の同点。試合はここからが本当の勝負と言って良い。
固まって喜び合っていた俺たちも一瞬だけうなずき合い、自陣に急いで戻ってゆく。
ハーフウェイライン付近で中野先輩・翔先輩とすれ違う。2人は試合再開を急ごうと、すでにボールをセットしていた。
中野先輩の鋭い視線が俺に突き刺さる。
一瞬怯みかけるが……俺は何も反則行為をしたわけではないのだから、と思い直し真っ直ぐにその視線を受け止める。別に試合が終わった後なら殴られても構わない。そんな気持ちだった。
対する翔先輩は何やら薄っすらと笑っていた。どこか歪んだ肩頬を釣り上げたような苦笑。いつもクールな翔先輩のそんな表情は今まで見たことがなかったし、あまり見たくはなかった表情な気がする。……だがそんな表情を引き出したのも俺のプレーなのだ。それを俺は受け止めなければならないだろう。
何も言わず表情で語ると思われた翔先輩だったが、おもむろに口を開いた。
「おい、吉川。お前たかだかこんな部内のミニゲームで何をそんなにムキになってるんだよ?……そもそもこのゲームに勝ったからって、俺らが約束をきちんと守る保証なんてないだろ?」
苦笑しながら放たれた一言はこのゲームの自体意味を疑うものだった。
だがまあ……言われてみれば、たしかにその通りだ。
部活なんて、サッカーなんて、強制されてやるものじゃない。
『1年チームが勝ったら2年は部活に戻ってしっかりとサッカーに励め!』なんていうこの試合の前提条件は、そもそも本来は何の意味もない。
俺たちが勝ったところで先輩たちが本当に部活に戻ってくる保証はないし、仮に戻ってきたとしても、強制されてサッカーをして一体何が楽しいのだろう?何の意味があるのだろう?
だから翔先輩の言うことは一理あるどころか、大いにもっともな言葉だった。
だけど俺の口から出た返答は、そんな気持ちとは真逆のものだった。
「……じゃあアンタはそれで良いのかよ?」
一瞬にして場が凍り付いていくのが、ひしひしと伝わってくる。
俺が先輩に対してこんな口の利き方をしたことは今まで一度だってなかったからだ。
ヤバイ!……何とか冗談にして今の一言をなかったことに出来ないものだろうか?
だが、そんな考えとは真逆に俺の口調は……俺の意志とは関係なく激しさを増していった。
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