60話
もんどりうって倒れた尻の痛みを押さえつけながら振り返ると、そこにいたのは敵チームのキーパー岸本先輩だった!
ここはハーフウェイライン付近、まだ2年チームの陣地にも差し掛かっていない場所だ。岸本先輩がここまで出てくるとはまるで予想もしていなかった!
岸本先輩は生粋のゴールキーパーではない……それどころかほとんどキーパーの経験などないだろう。それが逆にこれだけ大胆な飛び出しを可能にしたのかもしれない。
「正洋!」
不意に声が掛かった。
太一の声だ!なぜか俺は確信した。
太一が最後尾からここまで届くような大声を出すことなど、信じがたいことではあるのだが……それは間違いなく太一の声だった。
一瞬呆然としていた俺はその声に正気を取り戻すと、ルックアップして現状をもう一度把握する。
たしかにボールはピッチ外に出ていたが、まだ2年チームのディフェンスは戻り切れてはいなかった。リスタートを素早くすれば再びチャンスになるかもしれない。
俺は素早く再開するためにボールに飛び付き、スローインの体勢を取った。
……だが、味方の1年チームの上がりはそれ以上に遅いものだった。
先ほどまで決定的なピンチだった状況を考えれば仕方のないことだが……こんな時快足を飛ばしてくる吉田が居れば、などと一瞬だけ思った。無論そんなたらればを考えても今は何の意味もない。
スライディングでディフェンスした岸本先輩も、背中を向けて自陣のゴールに慌てて戻っていくのが見えた。
(……!)
その姿を見て俺は一つのアイデアが浮かび、それが果たして実現可能なプレーなのか……などと検討する前に実行していた。
頭上にボールを持ちスローインの体勢を取っていた俺は、そのボールを岸本先輩の背中にぶつけたのだ!
驚いた岸本先輩が振り返る。まるで幽霊にでも出くわしたかのような不可解と恐怖が入り混じった表情だった。
その表情を見て俺はほんの少し嬉しくなる。……本当に俺も性格が悪くなったものだ。言うまでもなくそれは全部太一のせいだ。
岸本先輩の背中に当たったボールは、従順な子犬のように俺の足元に戻ってきた。
ここまでのプレーが狙い通りに出来ていた俺にとっては、ハーフウェイライン付近から無人のゴールに流し込むという仕事が、さして難しいものとは思わなかった。ただただ岸本先輩にぶつけないように……それだけを意識してインフロントでボールを蹴る。
足に残っている確かな感触が100%狙い通りのキックが出来たことを教えてくれる。
ふわりと弧を描いたボールは緩やかな内巻きのカーブを描きゴールに吸い込まれていった。
同点だ。
少し補足をしておくと、サッカーでフリーキック・コーナーキック・スローインといったセットプレーでは、セットプレーを蹴った(投げた)本人が続けてもう一度ボールに触ることは反則になる。
しかしセットプレーを行った本人以外の誰かがボールに触った後ならば自由にプレーして良い。
味方の上がりを見込めない状況だった俺は、一度敵チームの岸本先輩にボールを当ててからマイボールを確保し、そしてシュートを決めた……ということだ。
まさか俺からそんなアイデアが出てくるとは思いもしなかった。
数秒前の自分のプレーを思い出すと……俺の手は震えていた。
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