59話
(……大丈夫か?)
キックモーションに入った太一を見て俺は少し不安になった。
太一が振り上げたのは左足だったからだ。
先ほどのナイスディフェンスは、最初右サイドにポジションを取っていた太一からすれば、左サイドに流れながらのプレーだった。スライディングしてキープしたボールは当然ゴールよりも外側にある。
つまり太一から見てボールは左側にあるのでキックも必然的に左足でのものになるということだ。
太一は当然だがキックが上手くない。
いや……サッカーを始めてから2週間という短期間の割にはかなり上手くなっているのだが、キックというのは一番練習量がモノを言う技術だ。他の様々な技術とは違いセンスや判断力というものが働く余地は少なく、とにかく何回ボールを蹴ったかが如実に表れる技術なのだ。ましてや太一は右利きだ。逆足では利き足での半分も蹴れない……という選手も多い(近年はやはり両足で蹴れることの優位性が意識され、昔ほど差がある選手は減少傾向にあるが)。無理にパスをつなごうとミスしてボールを相手に渡してしまえば、再び大きなピンチを招くことになる。
だがそんな俺の不安をよそに太一は見事なキックをした。左足インステップでの大きなキックだった!
ピッチ外へ逃げるクリアでもなく、寄せてくる中野先輩・川藤先輩に引っ掛かることもなく、チャンスと見て攻撃に出ていた2年チームの先輩たちの頭を超える大きなキックだった!
(……あれ?)
見事ピンチを脱した見事な太一のキックだったが、時間が経つにつれ……ほんの1秒にも満たない時間内での出来事だが……俺は怖くなった。
放たれたボールは緩やかな放物線と緩やかな対角線を描き、右サイドハーフウェイライン付近にいた俺にまっすぐ飛んできたからだ!
(やべ、マジか!)
2年チームは全員が攻撃に出ていた。つまり足を踏まれて守備に戻れなかった俺が、両チーム合わせて2年チームのゴールに最も近い位置にポジションを取っているということだ。
太一がボールを蹴る前に俺を見た様子はなかったから、クリアがたまたま俺の元に届いたという可能性もあるが……それでも太一なら、やはり残っていた俺を狙ったパスを出したのだろう……という気がした。
太一は目の前の相手の攻撃だけでなくさらに広い範囲の敵味方の動きも予測し始めた、ということなのだろうか?
とにかく俺は急に振って湧いたかのようなチャンスに焦った。
トラップでミスすることなく前を向ければ、それだけで間違いなく決定的なチャンスになることが理解出来ただけに……それが逆にプレッシャーになった。
だがそんな不安をよそに、太一からのボールは俺にトラップされたがっているかのような優しいものだった。ややバックスピンの掛かったボールは思っていたよりもゆっくりしたもので、ちょうど俺の腰辺りの高さに来た。
俺は一歩だけバックステップを踏むと、半身になり右足の腿で相手ゴール方向にボールを落とすことが出来た。
先ほど踏まれた足先にもう痛みはほとんどなかった。
敵の守備はほぼ置き去り状態と言って良い。あとはこれをゴールにつなげるだけだ!
「吉川、後ろ!」
俺に呼びかけたのは安東だっただろうか?
トラップが上手くいった俺は完全にゴールのことだけを考えていた。ましてや俺に向かってきているディフェンスがいる……などとは考えてもいなかった。
前を向いた瞬間ボールにスライディングしてくる人影が写り、俺は恐怖した。
ボールと共に俺は足をも刈られ無様に倒れ込む。ボールは右サイドのタッチラインを割って外に転がった。
(そんなバカな!)
敵チームは全員が攻撃に参加しており俺をマークする人間など誰もいなかったはずではないか!
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