50話
(いやぁ、もう一歩なんだがな!)
惜しい場面が続いていた。
俺たちのプレスは有効で、何度か高い位置でボールを奪ってはチャンスになりかけていた。だがラストパスや勝負のドリブルに精度を欠き、あと一歩というところで決定的なシュートチャンスには至っていなかった。
だが、リズムはこちらに傾いてきたことは間違いない。2年チームはこちらのプレスに慌てており、パスも逃げるための雑なものになっていた。
チャンスをモノに出来ていない味方を責める理由はない。サッカーはあまり得点の入らないスポーツだ。5回のチャンスのうち2回をモノに出来るストライカーがいれば、それはとても優秀な選手だ。俺たち中盤の人間が出来ることと言えば、もっと決定的なチャンスが訪れるように……シュートが決まるまで何度でも決定的なチャンスをこちらのチームにもたらすために動くだけだ。サッカーはチャンスの数を競い合うスポーツではないが、チャンスが多ければ当然得点の可能性は高くなる。
(……!)(……!)
不意に前線にいた安東と目が合う。安東も同様のことを考えていたのかもしれない……と思う。根拠はない。あるいは全然別のことを考えていたのかもしれない。
ボールは2年チームが、俺たちのプレスから逃げるように後方でパスを回している状況だった。
俺は安東を手で制し、前線から戻ってこなくても良い……ということを伝える。一計を思い付いたからだ。
ボールが相手のDFラインの左サイドにいた高野先輩に入った。そこに吉田がプレスにいったがパスでかわされるタイミングだった。ここ何回かは厳しいプレスに押され、2年チームはこういった状況で前線を確認することなくアバウトなボールを蹴り出してしまうことが多かった。
もちろん前線の中野・翔先輩はそういった状況を理解しているから、そういったボールでも何とか自分たちのものにしようと動いている。そして2人ならそうしたアバウトなボールでもチャンスにしてしまうだけの能力を持っている。油断は出来ない。
俺はここで一計を仕掛けることにした。
俺がマークに付いていたのは2年チームの中盤、川藤先輩だ。今まではここにピッタリとマークに付き、パスを出させないでいた。それゆえにここに相手のDFラインからはアバウトなボールしか出て来なかったのである。
だが、俺はこのタイミングであえて川藤先輩のマークを緩くする。2メートルほど距離をわざと空けるのだ。当然ボールを持っている高野先輩は川藤先輩にパスを出そうとするだろう。中盤できちっとボールをキープ出来るのと、アバウトなボールでイチかバチかになるのとでは攻撃として全然違うからだ。
そしてこれが俺の罠なのだ。ボールを保持している高野先輩のパスのタイミングも、受け手の川藤先輩のトラップの癖も俺にはバッチリ分かっている。この2週間のフィジカルトレーニングを経て俺は自分のキレが増していることを実感していた。この距離ならばパスが出た瞬間にダッシュしてパスカット出来るだろう。
「ヘイ!」
案の定、俺がわざとマークを緩めたとも知らず、川藤先輩は高野先輩からのパスを要求した。
それに応えるように高野先輩も右足インサイドキックのフォームに入った。
(今だ!)
俺はボールが高野先輩の足から離れる直前にスプリントを開始していた。
そして自分たちが点を取るイメージを描いていた。
止まってボールを受けようとしている川藤先輩は、ダッシュしてパスカットした俺から完全に遅れるだろう。つまり俺はペナルティエリア少し手前あたりでフリーで前を向ける。これほどのチャンスは他にない。ゴール前中央にはまだDFとして今野先輩が残っているが、こちらのチームはすでに安東が展開を予測してやや左サイドに膨らんでフリーになっている。つまり俺のパスカットが成功すれば、ゴール前で完全に2対1の状況になるということだ。
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