55話

 だがこの1点は2年チームを変えた。明らかに守備を固め出したのだ。


 それに対して俺たちはまた交代を使って対応した。竹下に替えて俺、吉田に替えて再び安東を投入した。従って現在のピッチ上のメンバーは今井キャプテン、太一、森田、俺、安東、高島……ということになる。


 向こうが守備を固め出したからといって、もちろんこちらも守備を疎かには出来ない。向こうのツートップは健在だし、むしろこうした試合展開の中でのカウンターをオイシイと思っている2人なのだ。

「カウンターは才能だ」と言われることがある。サッカーにおける攻撃というのは、ボールを持っている人間の技術や判断が重要になるのは当然だが、周りの人間がどれだけ有効な動きをするか、という点にかかっている部分も大きい。もちろん速攻でも遅攻でもそれは変わらないのだが、速攻の場合は判断にかけて良い時間というのが極端に短い。1秒……いやレベルが上がればもっと短い時間……判断が遅れたことで潰れるチャンスが沢山あるのだ。スピードに乗っている時でもブレない技術・判断、つまり個人の資質が試される……という意味で「カウンターは才能だ」という言葉は使われているのだろう。

 見事なカウンターはとても美しく一種のカタルシスがある。押し込んだ相手を緻密なパスワークやドリブルで崩していくのもサッカーの醍醐味ではあるだろうが、劣勢に耐えに耐え抜いていたチームが、溜め込んでいたフラストレーションを一気に爆発させるようなカウンターもまたサッカーの醍醐味だろう。


 実際、大きなスペースを短い時間で使えばディフェンス側は対応が難しい。そして翔・中野両先輩は、スピード・技術・判断……どの部分もこのレベルではトップクラスのものを持っていた。2人はチームが攻められているこの状況でこそ、手ぐすね引いてカウンターの機会を待ち構えている。ピンチとチャンスはいつも紙一重なのだ。

 当然こちらのチームは3-2で負けているので攻めにいかなければならないのだが、敵のツートップが虎視眈々では守備にも神経を割かなければならない……という状況であった。




(くそ、やりにくいな)


 ピッチに再度入った俺は、外から見ていた印象をさらに強めた。

 2年チームに一体感が出てきたのだ。

 もちろん1年チームに比べて2年チームはサッカー経験も長く、この2週間一切練習をしていなかったとはいえ技術的には上だ。技術というとパスやドリブルなどボールを扱ったものを思い浮かべる人が多いかもしれないが、守備にも明確な技術がある。ただ守備は1対1での技術ももちろん大事だが、味方と連携して相手に有効なスペースを与えない、という部分がより重要になってくる。

 少し前までの2年チームはその連携の部分に甘さがあった。彼らも(高校全体レベルで見れば)低いレベルとはいえ1年以上一緒にプレーしてきているから、味方の意図が分からないということはない。攻撃側の動きに合わせてきちんと最後まで走り切る……という点に甘さがあったということだ。

 端的に言えば1年チームを舐めていたということだ。2年チームも試合を受けた以上、モチベーションがなかったわけではない。久しぶりにボールを蹴ることを楽しんでいる感じすらあった。それでも「コイツらなら多少のスペースを与えてもやられはしないだろう」「1点くらい取られてもリードしているし、最終的にはこっちが勝つだろう」どこかそんな気持ちがあったことが甘さを招いていたのだろう。


 それが先ほどの1点でガラリと変わった。スペースに走った俺たちの人間に対してはきちんと誰かが付いていくし、ボールを持っている人間に対するチェックも早くなった。互いのコーチング(声を掛け指示を出すこと)も頻繁になった。それだけ勤勉な守備をしっかりとやるようになったということだ。




(くそ、なんだってんだよ!普通のことを普通にやられ出したら、俺たちは勝てないってのか?)

 あんなにやる気のなかった2年チームが当たり前の守備を当たり前にやり出すだけで、俺たちは勝てないのか?この2週間の特訓はなんだったんだろうか?

 俺は苛立った。


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