32話

 俺は昨日のことを思い出していた。

 太一が帰った後、練習に参加した7人でミーティングをしたのだった。

 二週間後の2年生との試合に向けた大まかな作戦会議と、太一を戦力として迎えても良いものかという最終確認のようなものである。

 太一の加入に関してはみんなが賛同してくれた。

 安東も最後まで「あれが未経験者というのは大いに怪しい」という自説を取り下げることはなかったが、加入そのものに関しては結局認めた。……いや、それどころか太一に起用方法に関しては誰よりも真剣に考えていた。

 安東にそれだけ熱がある……先輩たちに勝ちたいんだ!という気持ちはその場にいた全員に波及していった。

 中には「先輩たちとやっても勝てねえよ」という思いを抱えていたヤツもきっといただろうが、安東の熱がミーティングを盛り上げていった。


 全体の作戦も大まかに決まった。

 勝負は6人対6人の前後半15分ずつで行われる。

 2年チームが6人ぴったりなのに対して、1年チームは太一を含めると8人となり2人余る。その2人を自由に交代で使っていい……というのが与えられたハンデである。

 プロのサッカーは45分ハーフ、高校サッカーでも40分ハーフで行われることを考えると、今回の15分ハーフの試合というのはいかにも短くて楽なものに思えるかもしれないが、実際にはそう単純でもない。

 ミニゲームはコートが狭くゲーム展開も攻守の入れ替えも速いものになるからだ。

 フルコートの試合ではボールのない場面では休んでいられることも多い(我々のようなレベルだと特にそうだ)のだが、6対6のミニゲームだとそうした時間はほぼない。

 つまり体力的にもキツイものになることが予想出来るので、2人の交代があるというのはかなり大きなアドバンテージになる、ということだ。


 それでも俺はこの2週間でフィジカル、つまり体力面を集中的に鍛えるべきだと主張した。

 技術も戦術も当然重要だし練習はするのだが、しっかりした指導者がいるわけでもない我々がどれほど伸びるかは未知数な部分が大きい。それに対して体力面は恐らく確実にレベルアップさせることが出来るからだ。

 俺のそうした主張に対して他のみんなはあまり積極的な反応はしなかった。

 それはそうだ。

 地味で面白くもなく、ただただキツイフィジカルトレーニングなどは誰もやりたくはない。

 フィジカルトレーニングと言えば聞こえは良いが、ウチの部活でウエイトを使って筋トレが出来るような設備はない。(仮にあったとしてもそうしたものこそ専門の指導者が必要だろうが)基本はとにかく走ることになる。その他、自重トレーニング(自分の体重を使って行える筋トレ)を補強的に少し行う程度だ。

 ただ『走る』と言っても色々な走りがある。サッカーでは瞬発力と持久力のどちらも求められるが、1時間マラソンを走るような練習はあまり実戦的ではない。サッカーはジョギングではなくダッシュとストップの繰り返しだからだ。したがって50メートルダッシュを何本も繰り返す練習を俺は提案した。

 これには意外と多くの賛同を得た。今までは練習の最後にグラウンド10周だとかを誰かの思い付きでダラダラ走るだけのことが多かったが、それがみんな嫌だったということなのだろう。ダッシュを10本ほどやる方が時間的にも早く終わるし、意味のある練習に思えたのだろう。

 むろんジョギングのようなゆっくりした走りの練習が無意味ということではない。はっきりとした目的があってやっているならばそれも有効な練習になり得るだろう。

 それから俺は筋トレとして自重で行うスクワットも提案した。しゃがんで立つ……というあまりに原始的な筋トレだが、確実に筋力・筋持久力を向上させることができるだろうと判断したのだ。

 

「もっと戦術的な練習を重視した方が良いのではないか」という意見もあったが、俺が提案したフィジカルトレーニングは今井キャプテンの権限で概ね採用された。

 もちろん先輩たちとの試合は2週間後であり、フィジカルの大幅な改善が見込めるほどの時間はない。また疲れを残さないように試合の直前は控えた方が良いだろう。 従って追い込める期間というのは実に短いのだが、とりあえずやってみよう……ということになったのであった。



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