23話
まだゲームが始まって3分ほどだろうが、向こうの1年チームが2-1で勝っていた。
練習中のミニゲームだから、普通は勝敗はおろか点数も誰も正確に数えはしないのだが、参加している人間にとって勝敗は肌感覚として明確にあるものだ。それは実際の得点の差というよりも、ゲームをどちらが支配しているか、という部分の方が大きいかもしれない。
その部分では点差以上に俺たちの方が負けていた。
キャプテンも俺も態度には出さないようにしていたが、チームが上手く回っていないことに内心イラだっていたし、安東に関しては露骨に態度もプレーもイラだっていた。誤解して欲しくないのは、みんな太一に直接イラだっているというわけではないのだ。もっと何とかフォロー出来ると思っていたが出来なかった自分にイラだっているのだ……少なくとも俺は。
向こうのチームもそれほど太一を直接的に狙ってきているわけではないが、マークの甘いところにパスを通そうと思えば太一の所になるし、ボールを奪おうと思えば太一の所になるのは自然なことだった。
開始から5分ほどの時点で向こうのチームにさらに追加点が入った。
「太一、気にすることないからな。出来るプレーをすれば良いからな」
太一に余計な責任だけは感じて欲しくなかったので、俺はそう声を掛けた。
先輩たちとの勝負云々ももちろん大事なことだが、そんなことを抜きにして純粋に俺の友達として太一にはサッカーを嫌いになって欲しくはなかった。
「大丈夫だよ。もう分かったから」
太一はつとめてにこやかな表情でそう返事をした。
……まあ、気にするな、というメッセージだけでも伝わったのなら充分だ。
「オッケー、とりあえず一点返そうぜ!」
ゲームが再開し、キャプテンが俺たちにそう声を掛けた。
(そうだな、嫌な雰囲気を変えるには点を取るしかないよな!)
コートの中央辺りやや右サイドでボールを受けた俺は、前方でポストになっている安東に速い縦パスを入れると、相手DFラインの裏を目掛けてスプリントした。良いタイミングで安東からパスが返ってこればそれだけで決定的なチャンスになるだろう。
意図を察したのかキャプテンも逆サイドを上がり囮になろうとしていた。
安東も意図を察したらしく、ワントラップしてタイミングを合わせて裏のスペースにパスを出した。
もらった!……と思った絶好の流れだったが、相手DFの森田が中に絞ってきてカットされてしまった。森田は普段はのんびりしていて、緩慢なプレーがピンチを招くこともあるのだが、時折こうした鋭い読みを見せる。
(やべえ!)
カットした森田の縦パス一本によって、俺たちのゴール前で1対1のピンチになった。俺が攻撃のスイッチを入れたのと連動してキャプテンも上がっていったのだから……必然的に俺たちのゴール前に残っていたのは、太一である。
(……こりゃ、やられたな、クソ)
太一と対するのは1年随一の俊足を誇る吉田だ。吉田はテクニックはそれほどないが、未経験者の太一を振り切ってゴールに流し込むくらいはわけのないことだろう。
案の定吉田はボールをやや大きく前に出し、一気にスピードを上げた。
だが、次の瞬間の光景に俺は目を疑うことになる。
ボールに先に追いついたのは吉田ではなく、太一だったのだ!
しかもボールを外に蹴り出すでなく相手とボールの間に身体を入れ、きっちりとこちらのゴールキックになるようにするという、完璧な守備だった!
「おーい、ミスってんじゃねえよ、吉田!」
向こうのチームからはそんな声が出たが、当の吉田は事態を理解出来ないようで呆然としていた。
(……そうだよな、吉田。今のはお前のミスなんかじゃねえ!お前はいつも通りのプレーをした。普通なら得点になっていただろうな!)
「太一、ナイスディフェンス!」
DFラインに戻った俺は太一に言った。
「すごいぞ、川田君!」
キャプテンも戻ってきては満面の笑みで太一を讃えた。
「そんな、たまたま上手くいっただけです!」
太一はキャプテンにそう返すと、ボールを入れゲームを再開した。
キャプテンが前線に残っていた安東に素早く縦パスを入れると、安東は相手DFを一人ドリブルで交わしそのままシュートを決めてしまった。
太一のプレーが相手チームに与えたショックは大きく、明らかにDFにも影響していた。
「だから言ったでしょ正洋。『もう分かった』って」
安東のゴールが決まると、太一はニヤリと俺にだけ見える表情と声で伝えてきた。
(……コイツ!マジかよ!)
してやったりの顔を必死で押し殺して振舞う様は、とんでもない策謀家に俺には見えた!
(『もう分かった』ってそういう意味か……本当はめちゃくちゃ性格悪いんじゃねえか?)
そうなのだ。太一の『もう分かった』という言葉は、相手のプレーは『もう分かった』、つまり全部お見通しだ……っていう意味だ。
確かに今のプレーはその通りだ。太一はキャプテンに「たまたま上手くいっただけです」と謙遜したが……本当に本当か?
吉田がドリブルで抜きに来る瞬間、そのほんの少し前に太一の方がスプリントしていたように俺には見えた。これはつまり吉田のドリブルのコースとタイミングを完全に読んでいたということだ。
いやいや待て待て!……素人がたかだか5分くらいのミニゲーム内で相手の動きを完全に見通したっててか?いくらなんでもそれはないだろう!
太一の言葉は俺に対する鼓舞として、いわばパフォーマンスとしてそう言っただけだろう。
その時の俺はそう判断し直して自分を落ち着かせた。
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