45話
一進一退の攻防が続いていた。
ボールの支配率自体は6:4くらいでこちらが上回っていただろう。もちろんさして意味のある『6』ではない。サッカーはボール支配率を競うゲームではなく、相手のゴールにボールを入れた回数で競うゲームだからだ。
こちらのパス回しもあまり褒められたものではない。
元々の基本技術が低いから、どこかドタバタしていて華麗とは程遠いものだ。だが、それでも6割ボールを支配できているのは、2年チームの守備の仕方に問題があるからだ。前線の翔・中野先輩は少し前までかなりのハイペースでボールを持っている人間に対してプレッシャーを掛けていた。だが、後ろの人間たちは完全に2人に任せ連動してボールを奪いには来なかったのだ。
いくら俺たちの技術が低いと言っても、2人相手にボールを回すことはさして怖くはない。(……いや、実際にはかなり危うい場面もありはしたが……)
後ろの守備が連動しないとなると、翔・中野の両先輩も前線からのプレッシャーを緩めていかざるを得なかったようだ。やがて俺たちのパス回しは安定していった。
「おい、吉川……お前ら負けたまんまで良いのかよ」
またまた中野先輩が話しかけてきた。
ったく、うるせえな。いちいち試合中に敵に話しかけるかね、普通?
「負けてるくせにムダにボール回して、どういうつもりだ?もう諦めたのかよ、なあ?」
「先輩こそ、もう疲れたんですか?2週間練習してないくらいで。……翔先輩はまだまだ余裕そうですけどね」
「なんだと……テメェ!」
そのタイミングでパスが丁度俺に回ってきた。猛然と怒りを込めて中野先輩は俺に向かってきたが、前方にいた安東に簡単にパスをはたいてダッシュする。パス&ゴーがサッカーの基本だ。
だが残念ながら安東からのリターンはカットされ、外にクリアされてしまった。
……いや、あれよ。俺は本来先輩たちを立てるタイプだし、反抗的な態度を取ったことなんか一回もないと思うよ。ましてや相手は薄ら怖い中野先輩だし。
全ては太一の性格の悪さが俺にも伝染してきているんだと思う。うん、つまりは太一が全ての原因だ。元々のこの対立を作ったのも太一だしね。
「おーい、交代頼む」
今井キャプテンが審判を務めてくれている武井さんに声をかけた。
「吉田入れ!高島と交代だ!」
そうだ、こちらは交代をいくらでも使って良い……というのが与えられたハンデなのだ。勝利に向かうために利用できるものは可能な限り使うべきだろう。
(キャプテン、流石にゲームの流れを分かってるね)
前線に張っていた高島に変えてスピードのある吉田の投入。
これはリズムを変えて「前半のうちに1点を返そう!」というキャプテンからの明確なメッセージと言って良いだろう。
これまでのゆったりとした展開からゲームは一気にハイペースなものになった。
きっかけは言うまでもなく吉田の投入だ。
吉田は元々は陸上の短距離をやっており、1年の中ならばダントツで足が速い。純粋な速さだけでいえば先輩たちを抜き部内でトップだろう。ただ、それをプレイの中で生かせるか?というとまた別の技術が必要になってくる。サッカーで最も重要なのはやはりボールを扱う技術なのだ。この部分では経験の浅い吉田は少し弱い。
しかしそれほど技術がなくとも、DFにとって足の速い敵FWはやはり厄介だ。
特に顕著なのは前線からのプレッシングだ。後ろで回しているボールを万が一敵FWに奪われることは、そのまま失点につながる可能性が高いからだ。
吉田の投入による前線からのプレスに、2年チームの守備陣は明らかに慌てていた。
もちろん2年チームも数か月とはいえ吉田の特徴をよく知っている。足が速いことも、技術が低いこともだ。だから、最初は「はいはい、来たな走るしか能のないヤツが必死にボールを追いかけてきたなあ、おい!」という感じであしらおうという雰囲気が明らかだった。パスをわざと緩く回し、追いつけないギリギリのところを楽しみ、吉田をわざと走らせて体力を浪費させよう……という気配がプンプンしていた。
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