39話
「安東、ちょっと攻めで時間を使おう」
「そうだな、分かった」
キックオフで再開する前に俺は安東にそう声を掛けた。
安東もすぐに意図を理解してくれたようだ。
要はみんなが落ち着くための時間を作ろうということだ。2点取られた守備陣は(無論俺自身も含めてだが)特に責任を感じてさらにプレーが萎縮してしまう可能性が高い。なんとか相手陣地でボールをキープして攻撃の時間を作りたかった。何と言ってもサッカーでは、ボールを保持している間は敵から攻められることはないのだ。
こちらのボールでキックオフして再開したゲームだったが、2点という点差は明らかに1年チームを萎縮させ、2年チームの足取りを軽くしていた。
安東は俺の言った通り、敵陣の奥でボールをキープしようという意図を見せていた。
後ろにボールを預けると、右サイドの奥にランニングしてそこで再びパスを受けようとした。もちろん中央はしっかりと守備が固められていたから、すぐにゴールに直結はしなかったかもしれないが、そこでボールをキープ出来れば、相手はディフェンスに戻ってこなければならない。そうすれば俺たち1年チームは余裕を持ってラインを上げられる、ということである。
安東の走るタイミングも良かったが……そこに後方からのパスは出て来なかった。
ボールを保持していたのは竹下だった。タイミング的には安東にパスすることは出来たはずだ。だが竹下には中野先輩が迫ってきていた。
中野先輩は、テクニックや得点に関わる決定的な仕事という部分では翔先輩にやや劣るかもしれないが、運動量や前線からの守備という部分では明らかに勝っている。しかもメンタルの状態がプレーに直結しているタイプだ。不調な時は箸にも棒にも掛からないが、ノッて来たときのプレーはヤバい。今も2点を先取してノッてきているのだろう。竹下へのプレスも音が出そうなほど速いものだった。
竹下はそんな中野先輩のプレスに明らかにビビった。前線の安東にではなく近くにいる俺にパスをする、という消極的な選択をした。俺の角度からでは間に敵がおり安東にはパスが出せない。仕方なく俺はキーパーの今井キャプテンにボールを戻した。だが、キャプテンにも翔先輩がプレスを掛けてきていた……
(これが勝っている方と負けている方の差か……)
1年チームの動きは依然として固く、2年チームのプレスを掛ける足取りはますます軽くなる一方だった。
ボールは依然として俺たち1年チームが保持していたが、明らかに回させられている状態だった。(相手を走らせるために)パスを回しているのと、回させられているのとでは大きな差がある。今の俺たちは明らかに前者だった。とにかく何とかボールを失わないように……ただただ向こうのプレスから逃げるための必死のパス回しだった。
当然2年チームから見ればそんなパス回しは全然怖くない。ゴールを狙おうという意識が全く感じられないのだ。逃げてばかりいるパス回しはターゲットも絞りやすいし、追っている方も不思議と疲れを感じないものだ。サッカーではボールを保持している側が攻められることはない……というのはさっき言った通りではあるのだが、今の状況では心理的には攻めているとはとても言えない状況だった。
これが逆にパスを回している方が有利な場合は大きく異なる。
「ボールは疲れない」という言葉があるように、相手を守備に奔走させるためにどんどんパスを回すことも出来る。そんな時は守備側がとても苦しい。まして相手が技術的に自分たちよりも上なことがはっきりしている場合はそうだ。ボールを取りに行ってもかわされることが続くと、それだけで疲労感は増し、追い足は鈍る。
ピッチの外からの感じではその両者の差は分からないかもしれないが(もちろん今の俺たちの状況は外から見ても明らかだろうが)、中でプレーしている人間たちにとってその差は明白なものなのだ。
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