38話
ピピー、と笛が鳴った。先制点は2年チームだった。
まだ試合開始から1分も経っていないだろう。
キーパーとしての責任を感じ、申し訳なさそうにゴールに入ったボールに手を伸ばすキャプテンを見て、俺はハッとした。
「ドンマイ、ドンマイ!」
殊更に明るく声を出し盛り上げる。
この失点は俺の責任でもあるのだ。……いや、もし責任を追求するとしたら間違いなく俺だろう。責めてここから反撃のために声だけでも盛り上げなくてはチームのみんなに申し訳なかった。
俺の声にみんなもその意図を察したのだろう。
「ドンマイ、切り替えよう!」「まだ1点だよ!」
ピッチ内だけでなく、ベンチのメンバーからも声が上がった。
だが残念ながら次の得点も2年チームだった。
またしても翔先輩と中野先輩のコンビだった。
ドリブルを得意とする中野先輩に対して、翔先輩はドリブラーというタイプではない。派手なフェイントを使うこともないし、DFが何人いようがドリブルで仕掛けるというわけではない。
だが仕掛けるべき場面……DFを1人交わせば明らかにチャンスになる……という場面では必ず仕掛ける。技術もそうだがそこの判断の正確さこそが、彼をこのチームのエースとしての地位を確固たるものにしていた。
だからゴールエリアやや手前の左サイドに張っていた翔先輩にパスが入った時点で「ヤバイ!」という予感をプンプンと感じていた。このエリアは翔先輩が最も得意にしているエリアなのだ。
縦に突破しての左足のクロス、中央にカットインしての右足でのシュート……大きく分ければそのどちらかだ。俺たちは練習でも試合でも、何度も何度もそのプレーを目にしてきた。どちらかが来ることはもう嫌になるほど分かっているのだ!
だが……分かっていることとそれを止められることとは全然別の話だ。飛び込めない技術。分かっていても反応してしまう切り返しの深さ、ドリブルのスピード、そして最後のクロス・シュートの正確さ。そのどれをも翔先輩は兼ね備えていた。
今回はカットインの方だった。
対応していた高島は、縦に行くと見せかけたステップにまんまと騙され引き剝がされる。慌てて自分のマークを捨てて俺と竹下が対応したが、すでにシュートを打たれるタイミングだった。
だが予想したタイミングで翔先輩はシュートを打たなかった。代わりに逆サイドで張っていたはずの中野先輩がいつの間にかスッとゴール前中央エリアに近づいて来て、鮮やかなワンツーを決められた。DFラインを完全に突破した翔先輩はまたしても難なくゴールにボールを流し込んだのだった。
いつもならシュートを打つタイミングで打たなかったのは、ゴールが小さいハンドボールゴールを使っているため、やや遠い距離からのシュートでは確率が低い……と判断したからかもしれない。
(そういえば……この人たち本当にすごい人たちだったんだわな)
俺はふと我に返った。
この2週間、ずっと自分たちだけで練習していて翔先輩と中野先輩のことを忘れていた。……いや、もちろん忘れていたわけではなくこの2人を想定して練習していたのだが、実際の2人とイメージの2人とはいつの間にかズレが生じていた。
「自分たちで2人を抑えるんだ!」という強い意識が彼らのイメージを抑えやすいものにしまったのかもしれない。実際に対峙した2人は、イメージよりも速く、強く、狡猾だった。
そうだった。2人はこの弱小サッカー部に相応しくない実力の持ち主だった。
1年チームを見渡すと、誰もが俺と同じ感想を抱いていたような顔をしていた。露骨に肩を落としてはいないが、どこか自分たちのしてきた練習に酔っていた所から冷や水をぶっかけられ、強制的に実力差を再確認させられた……そんな感じだろうか。
「ドンマイ!」「いつも通りやろう!」「まずは一点返そうぜ!」
1年チームからはそんな声が飛んできた。
俺も務めて意識的にそう声を出す。
せめて気持ちだけは負けないように、だ。
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