36話

 いよいよ決戦の日が来た。


 全国大会でも、県大会でも地区大会でもなく……それどころか他校との練習試合ですらない、我が部活内での内輪争いという俺たちにとっては最高の決戦の日だ。




「う~、緊張するな……」


 安東が誰に向けたものでもない言葉を漏らしていた。

 俺もそう口にしてしまいたい気持ちはあったが、ぐっと我慢していた。

 少し向こうでは2年チームが相変わらずダラダラと着替えているのだ。万が一そんな言葉が届いてしまっては向こうを調子付かせるだけだろう。

 まあもちろん……言葉がなくともこちら1年チームがガチガチに緊張していることはとっくに伝わってしまっているのだろうが。


 2年チームはとてもリラックスしていた。

 ……いや、リラックスしすぎていた。

 相手が実力を良く知った俺たち1年チームだということもあるが、それを差し引いても余裕な態度が目立った。

 そうなのだ、太一が朝川奈緒を通して流した1年チームのデマが効いていたのだ。

 俺と太一が朝川と話した翌日に、翔先輩の方から妹に探りを入れるような言葉があったらしい。そして彼女は太一の言った通り「1年チームはバラバラで、すでに負けた後のことを考えている」ということを伝えたらしい。

 太一の策略は成功と言えるだろう。結果的には何も知らず純粋に心配してくれた朝川を騙してしまったことになるので、これは試合後に謝るべきだろう。……もちろん試合に負けてしまっては謝るも何もないのだが。




「おーし、じゃあそろそろ始めるか」


 今井キャプテンが両チームに声を掛け、グラウンドへ移動を開始した。

 1年チームは流石に緊張からか早足で移動したが、2年チームは殊更にダラダラと足を運んでいた。

(……うん、良い傾向だぞ。舐めるだけ俺たちを舐めれば良いさ。試合が始まれば俺たちがどれほどの準備をしてきたか、目に物見せてやるよ!)

 そんなことを思い……俺も中々性格が悪くなったものだ、と一人ひそかに苦笑した。明らかに太一の影響だろう。




「じゃあ、今日の審判をしてくれる武井だ。武井は現在は野球部だが中学まではサッカー部だったから、公平な審判をしてくれると思う」


 両チームがコートに入ると、キャプテンはそう言って一人の坊主頭の男を紹介した。

 キャプテンの知り合いだろうか、体格のゴツい男だった。

 たしかにこの試合には審判が必要だ。ミニゲームなどは本来特に審判を設けずセルフジャッジで問題ないのだが、少しの判定で勝負が大きく変わる可能性があるのがこの試合だ。部内の人間はみんなどちらかのチームに所属していることになるので、部外から審判を招いたキャプテンの判断は正しいものであったろう。


 コートとボールをじゃんけんで決めると、それぞれのチームがコートに分かれた。

 俺たち1年チームは特に決めていたわけでもないのだが、自然と円陣を組んだ。


「おい、1年円陣組んでるぜ!俺たちも組んどかないと負けちゃうんじゃねえのか?」


 その様子を見た中野先輩が大袈裟な声を上げ、それを聞いた2年チームから爆笑が湧き上がった。……たしかに、他校との試合でもないのに円陣を組むというのは大袈裟な行為かもしれない。だけど、俺たちは円陣を組まざるを得ない気持ちだった。


「……良いか、まずは作戦通りに行くから。最初が肝心だからな」


 向こうの嘲笑など意にも介さない……といった態度で務めて冷静にキャプテンが一人一人の顔を見てうなずいた。いつもと変わらないのんびりした声は俺たちをとても落ち着かせた。


 ピピー、審判を務めてくれる武井さんによるキックオフの笛が鳴り(本物の笛だ!)、対抗戦が始まった。



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