9話
「あ、朝川!」
一列向こうの席を朝川奈緒が通ったので、俺は彼女を呼び止めた。
本当はもっと早く声を話したかったのだが、人気者の彼女はいつも誰かと話していてタイミングがつかめなかった。
「ん、どうしたの?」
彼女はわざわざこちらの席にまで来て、にっこり微笑んだ。
「あの……
なんとなくぎこちない言い方になってしまった……ような気がする。
「え、兄貴、部活行ってないの?」
朝川は大きく表情を動かして驚いたかと思うと、むー、と口をへの字に曲げて腕を組んだ。……まっくもってアザトカワイイ、と言うしかしかないな!くそ!
「……家ではいつもと同じだったような気がするけどなぁ。夜まで家には帰ってこなかったみたいだから、部活やってるんだとばかり思ってたよ」
「あ、そうなんだ。……まあ一緒に暮らしてるっていっても、分かんないこともあるよね」
俺は朝川をフォローするようにそう付け加えていた。
俺にも中3の妹がいるが、会話どころかほとんど目も合わせてくれない。凡庸な兄と違って優秀な妹はこの辺りで一番偏差値の高い『北神高校』を狙っているそうだ。
ちなみに太一は一人っ子だ。
「そうね、特にアイツは遊び回ってるから……中学の頃はサッカー一筋だったんだけどね……」
朝川が翔先輩のことを「アイツ」と呼ぶのは初めて聞いた気がする。なんか新鮮で、ちょっとドキッとしたわ!
まあそれはさておき翔先輩が中3までは本気でサッカーをしていて、県の選抜メンバーに選ばれたこともある……というのは割と有名な話だった。ケガが原因で選抜メンバーからは落選し、高校に入ってからは今みたいな感じでしかサッカーをしていないみたいだ。……まあそれでもウチの部活では文句なしのエースなのだが。
「奈緒~!ちょっと~」
教室の反対の方から朝川を呼ぶ女子の声が届いた。むろん俺や太一ごときが引き留めることなど出来るはずもない。
「ごめん!会ったら部活に顔出すように言っとくね!」
そう言い残すと朝川は風のように去っていった。
「大変だねぇ~」
誰からも必要とされる朝川のことなのか、部活の人間関係に頭を悩ませる俺のことなのか分からないが、まるっきり他人事のような(100パーセント他人事ではあるのだが)太一の間の抜けた声に若干ムカついたので、柔らかいほっぺたを軽くつねってやった。
「いて、何すんだよ、正洋~」
一応怒ったような文言を吐きはしたが、昼食を食べ終わった太一はもう既におねむの時間らしく、机に突っ伏しかけるところだった。俺のささやかな攻撃では目覚ましにはならなかったようで、太一はそのまま合法的なお昼寝タイムへと突入していった。
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