8話

 次の日からは授業も通常の時間割りに戻った。

 昼休みにこうして太一と顔を突き合わせて弁当を食べるのも、ずいぶん久しぶりのことだ。


「……しかし、太一は相変わらずよく食べるな」


 分かりきったことだったが、久しぶりにこうして目の当たりにするとそう言葉にせざるを得なくなる。

 恐らく2合ほどはあろうかという白米に、鶏肉の唐揚げ、卵焼き、野菜の炒め物、プチトマト、フルーツなどが、彩りも豊かに例のドカベン弁当箱に詰め込まれている。太一のお母さんの労力はいかほどのものだろう……と思わず想像してしまう。


「え、普通じゃない?正洋こそもっと食べた方が良いよ。ぼくらはまだまだ成長期の年齢だし正洋はサッカー部なんだから、もっとタンパク質も糖質も取らないと、練習で疲労した筋肉の回復もされないよ」


「……え、何?太一そういうのも詳しいの?」


 単純に「もっといっぱい食べなきゃダメだよ!」とでも言ってくるのかと思っていたら、妙にアドバイスが具体的だったので驚いた。


「やだなあ、一学期の家庭科のテストで出たじゃん、もう!」


 そうか……そう言われれば一学期に家庭科の授業で、運動と栄養の関連性についてやっていたかもしれない。……コイツは授業をまったく聞いてはいなかったがな!……例によってテストの直前10分で教科書を丸暗記しただけだ。それに比べて圧倒的に真面目に授業を受けていた俺の方には知識が残っていないというのは……相変わらず理不尽なものだ。


「いや、っていうか……そんなに疲労を残すほど練習も出来ないんだけどな」


 この2日間の部活の様子を思い出して、自嘲気味に笑った。


「え、太一どうかしたの?……どっかケガでもしたんなら安静にしなきゃダメだよ!」


 相変わらずの太一の早とちりである。


「いや、俺はいたって元気よ。どこのケガもしてないんだけど……先輩たちが急に部活来なくなっちゃったんだよ」


「え?みんな辞めちゃったの?」


「……いや、そういうわけじゃないと思うんだけどな……」


 俺は太一に状況を説明した。


「そっか~……まあ、みんな元々やる気がありそうには見えなかったけど、戻ってくると良いね」


 ……ん?


「え?太一、いま何て言った?」


「やだなぁ聞こえてたでしょ!戻ってくると良いね、って言っただけだよ」


「……いや、じゃなくてその前……」


「え?やる気がありそうには見えなかった……ってところ?」


「……ああ」


 太一が意外と毒舌なことは長い付き合いで知っていたのだが、……これは、流石にちょっとショックだった。

 全然サッカー部とは関係のない……しかも運動経験のない太一が見ても我がサッカー部は、さしてやる気のない部活と見られていたということだ。

 俺は内心かなりショックを受けたのだが、幸か不幸か太一にはまったく伝わっていなかったようで、太一のいつものけろっとした平和そうな顔は崩れていなかった。


「……そういえば太一ってどこの部活だったっけ?」


 全校生徒がどこかの部活に所属しなければならないのだから、太一も当然例外ではない。


「え、忘れちゃったの?ひどいな、正洋。僕は天文部だよ!」


 たしかに聞いたことはあったかもしれないが、高校に入学してから太一の部活の話が出たのはほんの一、二度だけだったと思う。


「……いや、だってお前部活なんて行ってないでしょ?」


 そもそも天文部が果たしてどんな活動をしているのか知る由もないが、太一が星空の観測のために夜間外出するとは考えにくかった。ただ、特に文化系のマイナーな(失礼!)部活もある程度は部員を確保しておかないと廃部になってしまうので、太一のような幽霊部員をやめさせたりはしない。


「失礼だな、僕もプラネタリウムの時は参加しているんだよ、正洋君!」


 チッチッチ、と太一は得意気に指を振ってイタズラっぽく笑った。

 そう言えば以前話題に出た時にそんな話が出ていたかもしれない。確か一ヶ月に一回程度、部活動として市内にあるプラネタリウムに出掛けるそうだ。……言うまでもなく太一がそれに参加するのは、いつもと違った環境での新鮮な快眠のためである、ということは想像に難くない。

 ちなみに我が向陽高校に将棋部はない。まあ太一も今さら将棋を本格的に再開するつもりはないだろうから、それで良いのだろう。



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