12.濃密な話し合い。
俺はなんとも形容し難い気持ちを味わっていた。
知っていた、わかっていた……はずなのに。
わかっていたことでも、本人の口から言われると、こんなに心を抉られるものなのだろうか。
そして俺は彼女になんて言葉を返すべきなのだろう。
俺が考えあぐねていると、
「こんなこと言われたってなんて言葉を返せばいいかわからないよね。ごめんなさい。でも、なんとなく言っておいたほうがいいと思ったの」
茅野はしょんぼりと項垂れる。
「その……言うタイミングがなくて、というか、言ったほうがいいのかすらわからなかったから」
そうですよね……別に俺にそのことを報告する義務とか法律とかないですもんね。
茅野からすると、「そもそも何のために言わなければならないの? あなたに言うか言わないかなんて私の勝手でしょ!」って感じですよね。
その通りすぎてぐうの音も出ません。
「でも昨日のことを思い出して考えてみたんだけど、あなたは私があなたを遊びに誘ったとき、私が彼氏との遊びの途中の隙間時間を埋めるためにあなたを誘ったことに気づいてたわよね?」
その通りです、ご名答。
これなら俺からこいつに色々説明しなくても済むな。
「うん、気づいてた。だって――」
俺がその言葉を発する前に茅野は俺の言葉を代弁し始めた。
「だって、私があなたを誘ったときに私は『あと一時間ぐらいある』と言ってしまった。これは意味深な発言だよね。なんで一時間だけしかないのだろうと思うのは仕方がないことだと思う」
うん、全くその通りです。異論の余地もありません。
「しかも、私は習い事をやっていないうえに門限があるタイプでもない。この段階だと私は友達と遊んでいてもおかしくない。でも、あなたに『なんでここにいるの?』と問われたときに、私は口ごもってしまった。そのあとに私は『友達と遊んでいる』と言った。嘘のことを言うときに口ごもってしまうのは人間の悪い癖。このことによって友達と遊んでいるという線は消える」
なんか自分で饒舌に暴露し始めちゃったよ。
もうあれこれ言うのも面倒くさいうえにほとんど当たっているし、このまま喋らせてしまおう。
そしてあわよくば他のことまで……。
「自分から『人間関係』の話題を持ち出してしまったことで、何か人間関係のことが関わっていると思うのは当然。そして高校生で後ろめたさを感じる人間関係といったら恋人関係だと思うわよね」
そのことには賛成です。
例外として演技派女優とかだったらわざと「友達」と答える前に口ごもらせて匂わせみたいなことする可能性もあるけどね。
「あなたがこのことで昨日思ったことはこんな感じ?」
いや、まあここまではさすがに思ってないけどね。でも大体は当たってます。
だから素直に俺は答える。
「うん。大体そんな感じのこと思ってた」
俺の返答のあとに彼女は深々と息をついた。
長い文章言ったから疲れちゃったよね。
わかるよ、その気持ち。
うん、絶対違うね。いや、それもあるか。
次に続く言葉はなんだろうか。
「この際だからはっきりいうけど……」
なになに? めっちゃ恐いんだけど。
しかもガチトーン。いつもとトーンが全然違う。
どのようなトーンかと問われると、説明ができない感じのトーン。
「私はあなたのことが嫌いじゃないと思う」
ん? どういうこと? 嫌いじゃないと思うって何?
それって好きでもないってことでしょ。
そんなことわざわざ言う必要なくない?
むしろ……言わないでほしかった。
俺は、茅野が言ってくれるであろうと思っていた言葉と違う言葉を聞いたことにより、驚きを隠せなかった。
いやー、よかった、よかった。
この前俺が電車で「言わせ得なかった彼女の言葉」は俺の杞憂に終わったってわけだ。
もうそろそろ遅くなってきたし帰ろう。
うん、そうしよう。
「そっか、ありがとう。嫌われてなくてよかった。では今日はもうお開きということで―じゃあまた」
俺はおもむろに立ち上がった。
その途端、茅野は俺の手首を思い切り掴んだ。
こっわ。まるでホラー映画のよう。
「待って」
普段の茅野からは聞いたことのない、妙に落ち着いていて低い声ではあるが少し圧を感じる声だった。
「まだ話は終わってない」
まだあんの……。もう帰りたいです。
帰らせてください。
家に帰って寝たいです。
最近ずっと寝不足だったから疲れているのです。
一応話はできたし、お互い納得もできたと思う。
今日はゆっくり、ぐっすりと眠れそうだ。
「まだわからないの? 私はあなたのことが好き……だと思う」
なぜに半ギレトーン?
しかも思うなのか……。確信はしてないんですね。
今度こそこれにて終了かな。
よし、帰ろう……とは当然ながらならない。
えーっと、どういうことだ。
うん、いや……まあね、何となく分かってた。
そうだろうなー……とは思ってた、正直。
とりあえず話を整理しよう。
この人には彼氏がいて、俺のことも好きである。
なるほど……やっぱりわからん。
「あの……、それってどういうこと?」
俺は思い切って茅野自身に聞いてみた。
「えっとー、私にもわからないの……」
あー、自分の気持ちの癖して自分でもわからないことってあるよね。
レストランで自分の飯を選ん―─いや、やめよう。
茅野は真剣に言っているのだと思う。
今気づいたが、もう外は真っ暗である。
茅野の疑問に対する答えは一日千……間違えた。
一朝一夕で答えが出るものではないと思うので今日はもう帰ったほうがいい旨を目の前にいる茅野に伝えよう。
「もしお前が俺と同じくらい悩んでいるのであれば俺とお前どちらとも相当疲れてる。たぶんこれ以上今話したところでまともな答えはでないと思う。だから、今日は一旦帰って週末はゆっくり休んで週明けにでもお互い落ち着いた状態で話すことにしないか?」
茅野が俺の提案を飲み込んでくれることを願いながら、俺はその顔を見つめる。
「……わかった。それに異論の余地はない。今日はもう帰ることにする」
茅野は少しガッカリしながらも俺の目をしっかりと見つめていた。
はぁ……。これでとりあえずは一件落着だ。
しかし、またもや違う課題ができてしまった。
高校生になってまで毎日宿題をやらなくてはいけないとかホントにもう勘弁してほしい。
いつまで睡眠不足の日々が続くのやら、先が思いやられる。
でも、正直俺は今、「疲れ」よりも「嬉しさ」のほうが勝っているかもしれない。
疲れすぎていて自分の感情までもわからなくなってしまった。
さっきのあの一言の衝撃で一瞬『疲れマン』と『眠さマン』が吹っ飛び、『嬉しみちゃん』が俺の身体に浸透したかに思えたが彼らが俺に懐きすぎているせいもあってか嬉しみちゃんは彼らの手によって消滅し、彼らは俺の身体にまた戻ってきてしまっていた。
ふと公園にある大きな時計に目を向ける。
「えーっと、今は20時半すぎか。えっ! 20時半!? やばくね!?」
「ホントに? 確かに相当暗いとは思ってたけど、まさかもうそんな時間だったなんて……」
茅野は唖然としている。
「急いで帰るぞ! 一応親には連絡してあるか?」
「いや、してない……。でも、まだ補導される時間でもないし、ウチの親そんな厳しいほうじゃないから大丈夫だと思う。友達と全然この時間まで遊んだことあるし。連絡をしなかったことはほとんどないと思うけど……」
茅野は息を吐き切ってしまったのか、息をもう一度吸う。
「……でも向こうからメールしてこないってことは大丈夫ってことだと思う。心配だったら向こうから普通、連絡してくるでしょ」
「たしかに。でも、とりあえず今メールを一本入れといたほうがいいと思う。俺が茅野の親だったらたぶん心配で仕方ないと思うし」
言ったあとに俺は気づく。
おっと、今の発言割と気持ち悪くね!? やってしまったー。
はい、絶対嫌われたー。
茅野のほうを確認してみると、一瞬嫌そうな顔をした。
「……わかった。連絡する」
そして、ものの数秒でメールをお母さんに送っていた。
俺の発言については触れるか触れないか迷った末に触れないことに決めたようです。
よくやった、ナイス判断!
茅野はおもむろにベンチから立ち上がり「じゃあ帰りましょうか」と俺の目を見る。
うぅー、まぶしー。
こういう見つめられたときにはどうすればいいんですかね?
なんか見つめられるのって超恥ずかしくね!?
そうか、わかったぞ! 見つめ返して相手を照れさせてやればいいのか!?
よし、次からは作戦名「チガテレ」を執行することにしよう。
なんか千葉テレビの略称みたいだな……。
そして俺も茅野に続き立ち上がり、二人きりで闇に覆われし夜道を歩くのであった。
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二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
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