39.帰り道②
「あの……できればもう帰りたいんですけど……」
……で、ですよねー。まあ、もう結構いい時間だし? 家が遠いと思われる田辺は、帰ったほうがいいよねー。ということで、誘った俺が悪かったです。
「わかった。じゃあ、ささっとカバン持ってくるわ。……それで、
俺は、自転車の横に立っている茅野のほうを見てみる。
「……う、うん。でも、
そ、そうか。本人がそう言うなら、俺がどうこう言う問題ではないな。
「じゃあ、すぐに戻ってくるから。それと、俺のバッグ……」
俺がそう言うと、茅野が自分の自転車の籠から俺のバッグを抜き出して、こちらに駆け寄ってきた。
「はい、バッグ」
「ありがとう。じゃあ、田辺のこと頼むわ」
俺は少し離れているところにいる田辺には聞こえないように、小声でそれだけを茅野に囁いた。
「うん、まかせて」
俺はその茅野の言葉に一度頷きを返して、再び回れ右をした。
そして、足の痛みを少し感じつつ、俺は歩みを進めた。
×××
俺は家に入ると、手洗いとうがいをささっと済ませ、一階の自分の部屋に入った。そして、自分のバッグを床に置いた。
「さてと……」
俺は一人そう呟きながら、机の横にかかっている田辺のカバンを見つめた。その後、机の上にも目を向けてみる。
「……」
机の上には、田辺の問題集やら、筆箱やらが一箇所にまとめられている。そして、その右横には、俺の教科書と筆箱が置いてある。
俺はとりあえず机の前まで歩いた。そして、田辺の物をひとしきり眺める。
ねぇ、俺はどうするべきなの? いや、あのさ、田辺の物を勝手に触っていいのかな〜。でも、田辺の物を俺がカバンに入れないと、田辺の元に彼女のカバンは届けられないしなー。
……しょうがないか〜。うん、しょうがない。だって、そうしないと事が進まないんだもん。田辺も俺ん家に来て、勝手に俺の物触ってたし? だから、俺がここで田辺の物を勝手に触ることによって、田辺が俺の物に勝手に触れてたこともチャラっていうことで……。
いや、待て待て。たしか俺は、田辺が俺の物を触ったときに、「いやー、人の物勝手に触っちゃダメでしょー」的なことを言っていたはず。なら、俺も田辺に注意されることによって、初めてこの件はチャラになるのではないだろうか。
というか、今こうやって俺がごちゃごちゃ考えている間にも、田辺は俺のことを待ってくれている。まあ、正確には、俺のことではなく、田辺のカバンなのだが。
ともかくだ。俺はこんなことを考えてる暇があったら、今すぐにでも田辺に彼女のカバンを届けるべきだ。なんなら、それが彼女への一番の恩返しなのではないだろうか?
……ん? 恩返し? なんの?
そんな疑問を抱えつつ、俺は田辺の物一式を彼女のカバンに入れようとすると、シャカシャカと鳴る音がカバンから聞こえた。
なんだぁ〜? と思った俺は、カバンの中に目を向けてみる。すると、カバンの中には、ポリ袋? らしきものがあり、そこには、俺と同い年か少し年上くらいの女子が写っていた。
……まあ、少し考えれば色々とわかるよね。具体的に言うと、この袋自体に女子の写真が印刷されているわけではなく、袋の中に入っているブロマイド的なものが透けて見えているのだということ。
そして、田辺は可愛い女子が好きだから、これを持ち歩いているのだということ。実際、一瞬しか見ていないが、顔はかなり良かったように思う。
それに、この袋には、おそらく、何枚かのブロマイドが入っているのだろう。だって、上から見た感じ、紙の先端が何枚か見えたし。
まあ、これ以上の詮索はやめておこう。そう思いながら、俺はブロマイドが折れないように気を遣いながらも、問題集類と筆箱をなんとか田辺のカバンに入れ終えた。
俺がこれを見たことについては、田辺のほうから言ってこない限りは、俺から言うことはやめよう。
俺は一人、そう誓ったのであった。
×××
俺は、田辺のカバンと七巻分の本が入っている袋を持って、急いで階段を下り、玄関の扉を開けた。
「ごめん。待たせた」
俺がそう言うと、田辺が最初に俺に視線を合わせた。その後すぐに、背中をこちら側に向けていた茅野も、俺のほうに向き直った。
俺は、外に出てすぐに感じた疑問を彼女たちにぶつけることにした。
「二人とも、なんか話してたの?」
「……少しね」
その疑問に、茅野が気まづそうな顔になりながらも、答えてくれた。
「そっか……あ、田辺さん」
俺は、俺の自転車に未だに跨っている田辺のほうに歩き始めた。そして、田辺の近くまで行くと、俺は両手を伸ばした。
「ほい」
すると、なぜか俺と田辺の間にいる茅野がその荷物を取った。
「えっ……」
俺は、そう言ったとほぼ同時に、茅野のほうに目を向けた。
「ほら、自転車に乗りながら荷物を受け取ると、危ないでしょ? バランスを崩して倒れるかもしれないし」
「たしかに……」
そんな俺たちの声を聞いてか、田辺は自転車から降りた。それを見た茅野が、田辺のカバンを田辺自身に渡す。
「はい、これ」
「ありがとうございます……」
そして、少し遅れて本が入っている袋も田辺に手渡す。
「あと、これもね」
「はい……ありがとうございます」
俺は疑問に思う。なぜ、本が入っている袋は、渡すのが少し遅れたのだろうかと。そんなことを思っていると、田辺が遠慮がちに口を開く。
「あの、私帰りますね? もう時間も遅いですし……」
俺は少々反応に遅れた。
「あ、うん」
茅野もすぐに俺の後に続く。
「じゃあね、 果歩ちゃん」
そして、俺は先ほど言えなかった言葉を言う。
「あ、送ってくわ」
「いえ、大丈夫です。私、帰りは一人でゆっくり歩きたい派なので」
即答だった。そして、俺の隣では茅野が一度だけクスッと笑った。
え、田辺ってそんなに俺のこと嫌いなの? これって、女子用語だと遠回しに俺のことを嫌いって言ってるんじゃないの?
「では、今日は色々とありがとうございました。また学校で」
それだけを言って、田辺はそそくさと歩いていってしまった。田辺のその背中を少しの間見送ったあと、俺は隣にいる奴に目を向けた。
「なんか、ごめんね。話してる最中、中途半端に俺が家から出てきちゃって」
俺が何の脈絡もなしに話しかけたからか、茅野は目をぱちくりぱちくりさせたあとに答える。
「……全然大丈夫」
「なら、よかった。……あ、それで家入るんだったよね?」
それだけを言って、俺が家のドアに向かって歩きだそうとすると……
「やっぱり、入らなくてもいい? ……その、ごめんなさい。せっかく、私のことを入れようとしてくれてたのに」
「まあ、全然いいけど……」
この言葉は俺の本心だった。まあ、茅野が俺の部屋を見てどう思ったのかが知りたかったという気持ちもあるけどね!
「じゃあ、私も帰るわね」
そう言い放った茅野は、俺に縋るような目を向けていた。
「わかった。送るわ……あ、でも、茅野は自転車じゃん? 送れなくね?」
「……いや、大丈夫。送れるでしょ?」
「まあ、送れなくはない、けど」
……それにしてもだ。やっぱり、俺の「送るわ」を持ってたんだな。だとしても、自分で言えよ、自分で。口があるだろ、口が。
なんで俺が言うの待ってるの? これで俺が言わなかったらあれか。俺が「わかった。送るわ」っていうまで、あんな目でずっと俺のことを見てたの?
え、なにそれ、ヤバすぎるんですけど〜、と俺は一人ギャル口調をかましていた。だから、何?
すると、茅野が口を開く。
「それと、
「うん、わかった」
その俺の言葉を聞いてすぐに、茅野は俺の家の横に隣接している駐輪場から自分の自転車を下ろした。
「じゃあ、行きましょ」
「おっけー。それと、自転車俺が押してこうか?」
「……いや、大丈夫。このぐらい自分でするから」
少し迷っていた様子だったが、茅野は自分で自分の自転車を押すことに決めたようだった。
× × ×
既に一〇分ほどは歩いただろうか。
俺と茅野は雑談に花を咲かせながら、茅野の家を目指して歩いていた。
まあ、花を咲かせるという響きに反して、俺にとっては華やかな話ばかりではなかったわけだが。
「ねえ、日方。私がずっと疑問に思ってたこと、聞いてもいい?」
流石に、もうそろそろ自転車を押すのを変わってやろうかな、と思っていた矢先のことだった。
「うん。なに?」
俺は少しの不安を覚えつつ、茅野がその話をすることに頷きを返した。
「日方はさ、その――私のことどう思ってるのかな、と思って……」
俺は野暮な質問だろうな、とは思いつつも、ついついその言葉を口にしてしまっていた。
「どう、って?」
「私のこと……好きだったりするのかな、って」
────────────────────
二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます