40.空閑の伏線回収。

俺は不意に歩みを止めていた。


 わかっていた。もうそろそろだろうな、とは思っていた。でも、やっぱり俺の答えはまだ決まっていない。


 おそらく酔っていたのだ。俺に気持ちを迫らない彼女に。


「俺は……」


 俺は茅野ちが やになんて言葉を返すべきなのだろう。俺のどこまでの気持ちを彼女に提示すべきなのだろう。……わからない。


「俺は……」


 二度繰り返したその言葉に、茅野はどう思っただろう。たぶん、茅野は俺の返事がまだ決まっていないことを察している。

 だから、先に口を開いたのは茅野のほうだった。


「……質問を変える。日方ひ かたは私のこと――嫌い?」


「いや、嫌いじゃない」


 その言葉は、思っていた以上に口からするりと出ていた。簡単だったから。まったく迷う必要がなかった。


「わかった。ありがとう……それと、一つ私から提案があるんだけど、言ってもいい?」


「提案?」


 俺は疑問に思った言葉をただ、そのまま復唱した。


「そう。今度、咲紅さき く高校で文化祭があるじゃない? ほら、紅祭《くれない

さい》」


「うん。あるな」


「だから、そのときにしてほしいことがあるんだけど。するかしないかは日方の気持ち次第かな」


 なんとなく、察しはついていた。俺が「文化祭」という言葉を聞いてすぐに思い浮かべること。


「もし、もしね……日方が私のことを好きでいてくれてるんだったら、その日、私に――告白をしてほしいの」


「……」


 繰り返すことができなかった。なんとか、「告白」という言葉を繰り返さずに済んだ。


「いい?」


 俺がそれを断る理由はなかった。


「うん。わかった」


「ありがとう。でも、私に気を遣って無理にする必要はないからね? それだと、意味がないから」


「わかってる」


 その言葉を皮切りに、俺と茅野の間には沈黙が流れる。

 すると、茅野がその沈黙の間を埋めるように、再び歩き出した。俺もそれに続いて、茅野の半歩ほど後ろを歩く。


 それにしても、告白……か。まあ、茅野からはすでに告白をしてもらってるんだ。後は俺がその答えをどうするかだけだもんな。


「あ、自転車、俺が押すよ? もう結構な時間押し続けてるし、疲れたでしょ?」


「……大丈夫。もう、すぐそこだし」


 × × ×


 茅野は家の駐輪場に自転車を止めている。俺はそんな茅野を待っている間に、彼女の家に目を向けてみる。


 俺が茅野の家を見るのは、これが二度目だ。見たところ前回見たときと何ら変わっているところはなさそうだった。

 でも、それは外装に限った話だ。俺の場所からじゃ到底内装は見えそうもない。――なら、茅野椿ちが や つばきだって。


「どうしたの? そんなに、私の家ばっかり見て」


 自転車を止め終わった茅野が、いつの間にか戻ってきていた。


「いや、別にどうもしてない。ただ、暇だったから見てただけ」


「すいませんねー。待たせてしまって」


 俺を茶化すためか、少し怒ったような口調で茅野は言った。


 いや、そういう意味で言ったわけじゃないけど。まったく俺は怒っていない。むしろ、怒っているのは茅野のほうだ。

 だから、俺は言ってやった。


「大丈夫、待ってない」


 いや、待ってはいた。というか、普通に待った。自分でもなんでこんな嘘をついたのかがわからん。でも、どうやら茅野には伝わっているようだった。


「うん。ありがとう」


「え、うん。よくわからないけど、どういたしまして?」


 すると、茅野がクスッと笑ったあとに言う。


「じゃあ、今日は色々とありがとう」


「……うん。こちらこそありがとう。田辺さんの運動着も貸してもらっちゃったみたいだし」


「全然大丈夫。それと、紅祭をお忘れなく」


 茅野はそれだけを言って家の鍵でドアを解錠し、俺に何回か手を振ったあとに家の中に消えていってしまった。


 × × ×


 家に入ると、俺は一人大きな声を出した。


「ただいまー!」


「おかえり〜」


 その声の主は、どうやら俺と同じ一階にいるようだった。声の響き方や声の位置でこういうのはすぐわかるよねー。……声の位置ってなんか違和感ある気がする。


 そんなどうでもいいことを考えながら洗面所に向かうと、その場所には洗濯物を取り込んでいる最中の俺の見知った顔があった。


「今日は何してきたの?」


 そいつの顔についている口というパーツがぱくぱくと口を動かすと、そこから俺に聞こえてくるものがあった。おそらく、これが「声」というものなのだろう。

 質問を投げかけられた以上、それに答えないわけにはいかないよな、と思い、俺はその質問に答えてやることにした。


「体育館でバスケしてた」


「体育館……どこの?」


 またもや俺には質問が投げかけられていた。質問ババ……流石によくないなと自分で自分に注意をしたあとに、俺は口を開くことにした。


「図書館に付属している体育館で」


「……あー、興田ね。それに、付属って」


 俺はそんなオカンの言葉を聞き流しつつ、自分の部屋からバッグをひっぱり出してきた。


「洗濯物はいづこに?」


「えっとー、そこかなー」


 オカンはそう言いながら、首を動かして顎で俺のバッグを指した。


 って、そういうことじゃねぇよ。洗濯物はどこに出せばいいんですか? って意味だよ。もう十六年も一緒にやってきてんだから、それぐらい汲み取れよ。


「違う、そうじゃない。洗濯物はどこに出せばいい? って意味なんだけど」


「だから、そこ」


 もはや、まったくこちらを見ずにオカンは言葉だけを言い放った。


 そこってどこだよ、そこって。指で差せよ。そこって口だけで言われたってわかるわけねぇよなー! おー! ……あ、このバッグが乗っかっているところの床付近に出しとけばいいってことか。


「わかった」


 俺はそう言ったあとに、紙袋に入ったままの汗がかっている服を取り出す。汗がかかっているっていうと、おぞましさが減少しますね。


「袋に入れたまま、置いとくわ」


「了解ー」


 それにしても、わかっていないのは僕のほうでしたね。すぴませんでした。……あ、そうだ。


「そういえば、ご飯は?」


 俺は先ほどから鳴りそうになっていた腹を気にかけて聞いてみた。


「あー、何がいい?」


「何でもいい」


 俺は使い古しているその言葉をまたもや同じ人相手に使うハメになっていた。その横で、オカンはひとしきり唸っている。


「……じゃあ、あとでお金あげるから自分で適当に買ってきな」


「りー」


 そして、俺は再び自分の部屋に入った。


 ご飯ねー。牛丼とかカツ丼でもいいけど、店自体が遠いしなー。うん、すぐそこのコンビニにでも行きますかね。

 そんなことを思ったあとに、カチッと何気なくスマホを起動してみる。と、そこには二回にわたる着信履歴が……。


 だれ〜と思うまでもなく、俺はそいつの正体を知る。そこには、『不在着信 空閑乃ペガサス』という文字が。まあ、これが誰かというと、先ほどまで会っていた空閑天馬く が てん まさんのことですね、ええ。


 俺は、今すぐに電話を折り返したほうがいいかな〜? とか先にご飯買ってきて食べてからにするかな〜? とか一人唸る。

 むむむ……よし、ご飯を先に買ってきちゃおっと。迷った末にそう決断を下し、財布とスマホをポケットに入れて再び自室の扉を開けた。


 × × ×


 コンビニから帰ってきて、すでに七分が経過していた。


 やっぱり、あれだな。今までの手洗いとうがいの時間を足し合わせたら、文庫本一冊分の文字数が書けて俺の本が出版できてたな。そのうえ、ベストセラーも間違いなしだっただろう。

 そんな後悔で胸を痛めつつ、弁当の蓋を開けて、袋から出した割り箸をパチンと二つに割った。


 うぅー、ミスったよー。割り箸の持ち手が尖ってて刺さったら痛そうだよ〜。それに、左右の大きさが非対称だよ〜。 まあ、どうでもいいや。


 俺は弁当に手を付け始めることにした。そして、弁当は暖かいうちに食べたほうがおいしいよね、という俺の心意気のおかげか一〇分と少しで弁当を平らげた。


 手持ち無沙汰になってしまい、なんとなしにスマホをカチッと起動。すると、そこには『不在着信 空閑乃ペガサス』という文字がバナー通知に表示されていた。


 非常にタイミングが悪い。通知に表示されている【32分前】という時間を見る限り、俺が弁当選びをしていたときにでもかけてきたのだろう。だから、今度こそは俺からかけてやることにした。


 俺はそのアプリを起動し、音声通話が開始されるボタンをタップ。耳にスマホを当てると、コール音が耳元で繰り返される。そして、不意にその音がプツリと切れた。


「もしもし」


 俺がそう言ってしばらくすると、向こうからも声が聞こえてくる。


『もしもし。はぁ、やっとか。俺、総のために三回も電話したんだから』


「いやー、ごめん、ごめん。晩御飯買いに行ってたからタイミングが合わなくて……」


『俺から勝手に電話しただけだから、まあいいけどさ』


 あー、出たよ。謝りを入れたあとに、こっちが勝手にやっただけだから別にいいけど、とか言ってくるやつ。なら最初から言うなよ。それか、そう思ってても言わないでほしい、まあ別にいいけど。


 結局、俺も同類だったらしい。


「それで、なんで電話してきたの?」


『お、そんなに興味があるのか? じゃあ、逆に聞くけどなんでだと思う?』


 質問に質問で……以下略。でも、あれだ。ここはちょっと真面目に考えてみるか。


 チクタクチクタクと時計の秒針が動くのに合わせて俺の思考も段々と研ぎ澄まされていく。結果……


「さぁ〜、皆目見当もつきません」


 何も思いつかなかった。いや、正確に言えば、全然関係ないことばかりが頭の中に浮かんできて、そんな関係のないことばかりに思考が研ぎ澄まされていったのだった。


『正解は……、茅野のことでしたー』


 茅野? と疑問に思ったが、わざわざそれを口に出すことはしなかった。


『今日さ、そうと茅野がつるんでるの見てて思ったんだよ。どっちかが片想いしてんだろうなって』


「どっちか……、ね」


 俺の発言に一瞬、何かを言い淀んでいた様子の空閑くがだったが、すぐにその言葉を言い直す。


『まあいいや。それで、茅野と俺の昔話を急にしたくなったから、総に聞いてもらってもいいか?』


「……いいけど」


 何を話されるのやらと疑問に思いつつも、心の中では一種の期待と不安が渦巻いていた。

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二作目連載作品

『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839


↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。


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