49.肉巻きおにぎりと肉巻き棒。
「さっきから教室の中にまで声が聞こえてたけど、肉巻きおにぎりじゃなくて正しくは肉巻き棒でしょ?」
「……あ、そうだった」
俺の女友達の指摘のおかげで、肉巻きくんはようやく自分が間違った商品を大声で宣伝していたことに気が付いたらしい。
と、ふいに彼女の視線が列の中にいる俺を捉えた。
「……」
けれど彼女はすぐに俺から目をそらし、今ちょうど肉巻き棒をホットスナック袋に入れている男子のほうに顔を向けて、口を開く。
「それ終わったら、私が代わる」
そして男子がそのホットスナック袋を客に渡すと、その男子は教室の中に消えていった。
「おいしいおいしい肉巻き棒を買っていってくださーい!」
未だに肉巻きくんが自分の模擬店の商品を宣伝している中、俺の一個前の人が買う番になり、レジ係も俺の友達である彼女に代わる。
「肉巻きおに……じゃなくて肉巻き棒を二つで」
俺の一個前の人も肉巻きくんと同じく、肉巻き棒を肉巻きおにぎりと言いかけていた。おそらく、肉巻きくんが肉巻きおにぎりとずっと言っていたせいで、俺の一個前の人にもその勘違いがうつってしまったのだろう。
そして、店員である彼女が肉巻き棒を俺の一個前の人に渡し、ついに俺が購入する番がきた。
「ご注文は?」
俺の目の前にいる彼女は、それだけをあくまで事務的に言った。
「えっと、肉巻きおにぎりを一つ」
俺がそう言うと、彼女は俺の返答に呆れ顔になる。
「はぁ……そのような商品はうちには置いておりません」
「あるよ」
「は?」「え?」
俺と
「やっとうちのシークレットメニューの肉巻きおにぎりを注文してくれる人がいて、僕は嬉しいよ」
シークレットメニューだと……。こいつは何を言ってやがるんだ?
「君も聞いたことない? 飲食店の裏メニュー」
「まあ、ありますけど……」
あるっちゃある。ネットサーフィンをしてたら、たまたまそういう記事を見かけたことがあるくらいで実際に店に行って頼んだことはないが。
「でしょ? それだよそれ」
「言いたいことはわかったわ。それでその肉巻きおにぎりはいくら支払ってもらえばいいの?」
茅野が俺と肉巻きくんの話の長さに痺れを切らしたのか、俺たちの話に割り込んできた。
「量はほとんど変わらないから同じ値段の三五〇円でいいよ!」
俺はそんな彼の言葉を聞き、ポケットから財布を取り出し中身を確認してみる……って、えっ。嘘だろ。普通に金足りなくね? 千円札が一枚も入ってないうえに、小銭も思ってたより入ってないぞ。
やっばー! なんか冷や汗かいてきたんだけど……。とりあえず、一旦財布の中の小銭を全部出してみよう。
「このテーブルに小銭一旦全部出すからちょっと待っててね」
「うん……」
その時の茅野の声が俺を心配するようなトーンに聞こえたのは、この状況下において自然と誰かに助けを乞うていた俺の幻聴だったのかもしれない。
そして、机の上に財布の中のすべての小銭を出し終えた俺は、一人心の中で絶望に打ちひしがれていた。……終わったー。何が終わったかって? そりゃあー、俺の人生だよ。シークレットメニューを頼むなんて出しゃばったことしておいて今さら「あ、そういえばお金全然持ってないんだったー、えへへっ」なんて言えるわけがねぇー。
「いくら足りないの?」
「えっ」
「どうせお金足りないんでしょ。なら、足りない分は私が払ってあげるから。それでいくら足りないの? 後ろも混んできちゃってるし」
後ろを振り返ってみる。すると、先ほどまでは誰もいなかったはずの俺の後ろには、いつの間にか三人もの護衛がついていた。
「八〇円」
「わかった。この机の上にあるので全部ってことね、後で支払っておくから。はいこれ」
そして、俺の手には肉巻きおにぎりならぬシークレットメニューが手渡された。
「ホントありがとう。マジで助かった。今度返すから」
「どういたしまして。でも、返さなくて大丈夫。これであの時のお金が相殺されるから」
――八〇円で相殺されるお金。
あー、ちゃんと覚えててくれたのか。体育館で茅野の分のお金も俺が支払ったこと。さすがに、お金にうるさい俺でもそんな前のこと忘れかけてたぞ。
去り際に、俺はもう一度心の中で彼女に「ありがとう」とお礼を言った。
もしかしたら、これで俺はやっと本気で茅野と向き合うことができたのかもしれない。
×××
あー、うまかったー。
それにしても、今思えば肉巻きくんが肉巻き棒ではなく肉巻きおにぎりを宣伝していたのは彼の勘違いなどではなく、実は彼のシークレットメニューを売りたいがための戦略だったのかもしれないな。まあ、それだとシークレット感が薄れちゃうけど。
「
「全然大丈夫。今来たところだから」
すると、俺の隣に来た
「そのセリフ、学校内で聞くとなんか変だなーって思って」
「まあ、確かに。そう言われればそうかもな」
うん。こういうのは外にお出かけに行くときかなんかのときに使うことが多いかもしれない。学校も家の外っていう意味では外なのだが、やはりほとんど毎日登校していることを考えると、アットホーム感が強い。
「じゃあ、すぐそこだし。時間的にもそろそろ始まっちゃうから、入ろっか!」
俺はその七海の提案に軽く頷きを返した。
×××
俺たちが中に入ると、すでに中はかなり暗くなっていて、多くの人でごったがえしていた。
「人多いねー」
「だな」
人が多いという点に関しては先ほど来たときとは変わらない。けれど、観客の比率としては女子よりも男子のほうが明らかに多い。
そして、スポットライトが当たっているのはステージだけ。俺たちはただの観客で野次馬にすぎない。人のケツについて騒ぎ回ることが俺らの役目。なら、この場においての主役は彼なのだ。
『ええー、皆さんこんにちは。ナップストップです。今回はお集まりいただきありがとうございます。さっそくですが、一曲目に移りたいと思います』
そして
その語りかけるような声に思わず聞き入ってしまう。これは俺に問うているのではないかと錯覚してしまう。そしておそらく、誰もが俺と同じ勘違いをしている。
最初は静かなメロディーだったが、サビに向かうにつれ徐々に盛り上がりを見せていく。
俺は思ってしまう。やはりこれは彼のカリスマ性が生んでいるもので、決して俺なんかにできる類の芸当ではないと。彼だからこそ皆はそれについていくし、彼だからこそ皆の期待に答えることができる。
隣にいる七海に目を向けてみると、感動しているのか彼女の目は微かな潤みを帯びていた。
だったら俺の心の中に滞るこいつの正体は、彼に対する嫉妬心なのだろう。
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二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
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