31.田辺さん⑥
お互いに気まずい。
「……」
「……」
すると
「じゃあ私、引き続きここで勉強させてもらいますね。でも、 迷惑だったら今すぐにでも帰りますけど」
「いや、別に迷惑じゃないから全然居てもいいよ」
やっぱりいくらあまり喋ったことがない人とはいえ、男子の欲がモロに出てしまっているのが自分でもわかる。
この下心、どうにかなんねぇかな。田辺から「じゃあ、私帰りますね」とか言ってくれたら帰さざるを得ないんだけどなー。
これは男子に生まれてしまい、本質的に女子を好きになってしまったのが運の尽きなのかもしれない。
と、今度はペンを持ったと思ったら、田辺はそのまま部屋の周りをキョロキョロと見回す。
「この部屋、やっぱり机もこれしかないんですよね?」
「え、うん。そうだけど」
「そうですか。
「いや、ちょっと、いくらなんでも狭すぎじゃない? 」
嘘である。そんなこと全く思っていない、というのも嘘になるが、少なくともそれはさして問題ではない。
「そ、そうですか? というか、その椅子持ってきたのってこの机に二人で勉強するために持ってきたんじゃなかったんですか?」
うん、知ってるよ。それは知ってる。でも、そういうことではないのですよ。
その、距離が近すぎて勉強に集中できないというか、そうではないというか。
しかし、田辺にはそんな俺の気持ち、伝わるはずもないだろう。だから俺は、頷きを返すことしかできない。
「まあそう言われればそうだったかもな。じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
こうなるんだったら上から椅子持ってこないで、「俺、今勉強したい気分じゃないから勉強はしなくていいや」とでも言っておいたほうがよかった気がする。
だが、今頃そんなことを言っても時すでに遅し。俺の身体は無意識的に動き、張り切って椅子を田辺の横に並べていた。
はあ……。ここまできたら、もう座るしかないか。そうして俺は、自分で田辺の横に並べた椅子に座ることにする。
「失礼しまーす」
「別にそんなにかしこまらくてもいいのに。というか、ここ日方くんの家ですよ。私のほうが申し訳ないはずなのに」
なんか、少し意地悪をしてみたくなってきたから意地悪をしてみよう。
「あんなに偉そうに『私はここで勉強させて貰いますけど』的なことを言ってたのに?」
田辺は、しまった、というような顔つきになる。
「いえ……、すみません。あれは少し調子に乗ってしまって。今後気を付けます」
「うそうそ。別に全然気にしてないから。ちょっと言ってみたかっただけ」
すると田辺は、どんぐりを口に詰め込んだリスみたいに頬をぷくーっと膨らませる。あざと可愛い、かもしれない。
「もういいです。では、本格的に勉強始めましょうか。ちなみに私は、勉強は集中したいタイプなので、雑談などをするのであればキリがついてからにしましょう」
「お、おう」
マジでこいつの性格が全くわからないんだが。敬語かなと思ったら急にタメ口になるし、タメ口かなと思ったらまた敬語づくしになるし。
それに、性格に関しても優しいのかなと思ったら、急に図々しくなるし。一体、この人はなんなんだ? 少し恐いが、まあいいや。
そして、俺も勉強するか、と思って、机横にある引き出しからランダムにペンを選び、自分の真ん前に置く。
いや、待てよ。教科書がないんだけど、と俺は視線を目の前の教科書が置いてある仕切りに向ける。
「ねえ、目の前手通すね」
彼女は動かしていたペンを一度置いた。
「私が取りますよ。どれですか?」
いや、自分で取ったほうが絶対早いのに、と思いつつも、俺は田辺の言うことに従うことにする。
「数学の……そういえば田辺? さんはどの科目が一番得意なの?」
すると、すぐ隣にいる田辺は一度目を閉じて、数秒後に再び目を開いた。
「そうですね……、基本的にどの科目もある程度の点数は取れますが、強いて言うなら世界史や国語の文系辺りでしょうか」
そんな言葉を聞いた俺は、何となく一人納得していた。これは男尊女卑が批判されている今、あまり言うことは好ましくないかもしれないが、やはり女子は文系科目が得意なイメージがある。
なおも田辺は言葉を続ける。
「ところで日方くんはどの科目が苦手なんですか? それによって私が教える科目を変えたほうがいい気がしますが……」
たしかに。こいつの言っていることは至極尤もで一理も二理もある。もう少しで三理に到達しそうなレベルだ。
「えっと、俺は生物と保健とかが苦手かな。あと現代社会とか、それと数学」
俺は直ぐに思いついた自分の中で苦手としている科目をすらすらと挙げる。
「そうですか、思ってたより多いですね。じゃあ逆に得意なのは何ですか?」
俺はつらつらと考える。んー、なくね? やっぱないよな? ないよね? 強いて言えば英語か? 英語なのか?
「強いて言えば、英語かなー……うん。たぶん英語」
隣にいる田辺は、「やっぱりですかー」みたいな顔をしている。ちょっと失礼じゃないですかね。
「……わかりました。とりあえず今は、私が数学をやっているので数学をする、ということでいいですか?」
次いで、俺がその質問に返答する前に田辺は数学の教科書を俺の目の前に置いていた。
「わかった、そしてありがとう」
どうやら俺には選ぶ権利というものが存在していないらしい。数学いやだなー、だって全然楽しくないし、何をやってるのかもさっぱりだし。
わかれば楽しいのかな? おそらくそうだろう。いや、違う。そう信じて頑張るしかない。
「では、とりあえず日方くんがどの辺まできるのか、拝見させてもらいましょう」
思いの外、当の本人である俺よりも田辺のほうが楽しそうに見える。勉強が好きなんだろうな。
かくいう俺も、本来であれば勉強が嫌いなわけではない。むしろその辺の人よりは好きだと思う。なんなら普段から勉強してるよ。ただ、なかなか成績がね……。
「じゃあ、この大門2を解いてみてください」
「……」
いつの間にか俺は田辺から問題を指摘されていたようだ。ってか、なんだこの問題。わからん、マジわからん。
「ごめんなさい。できません。解き方がわからないです。計算問題なら多少はできるんだけど……」
田辺は何やら「まじか、こいつ」みたいな顔をする。
「……わかりました。じゃあどの公式から入れたらいいかからまずは教えますね。まあ、日方くんのその気持ちもわからなくはないですけどね」
× × ×
そんなこんなで俺と田辺は体感的には二時間ほど、熱心に勉強に取り組んだ。
「お疲れ様です。あの、失礼なのは承知で言いますが、暗記科目はまあまあですけど、数学と生物の文章問題は正直、絶望的ですね」
「ですよね。自分でもわかってたんだけど、やっぱりどうしてもね……」
「まだ試験まではかなり時間ありますし、これから少しずつ学んでいきましょう。それと日方くん先ほどからお腹が鳴ってますよね」
「……バレてたか」
でもよかったー。ちゃんとお腹の音だって認識してもらえてて。ほら、お腹鳴る音って他の音にも似てるからね。
「昼ご飯食べてない系ですか?」
「うん。食べてない系」
「そうですか。いつもはどうしてるんですか? 自分では……作りませんよね。お母様に作ってもらってるんですね」
おい。たしかに自分では作ってないけどさ、せめて聞くだけでもしてほしかった。勝手に決めつけるのはよくないと思う。
「まあ。そんな感じ。でもたまには自分で用意するけどね」
その瞬間、田辺の目がきらきらと光り始めたように見えたのは俺の気のせいなのだろうか。
「え、凄い。なにを作ってるんですか?」
やばい。これはどつぼにはまってしまったのでは? ホントは冷凍食品を温めてるだけだなんて言えない。
「えっとねー、チャーハンとかパスタとかかな」
どうだ? 信じてくれるかな。でも、チャーハンとかパスタって一般的に料理とは言わないのだろうか? それに自分一人で作ったことはない。まあ手伝ったことは何回もあるからギリセーフということで。
「……凄いですね。ちなみに何チャーハン、何パスタですか?」
最初の間は何だったんでしょう。それにどんどん聞いてくるじゃんこの子。今回ので田辺に嘘をつくのはよくないということを学んだ。いや、嘘ではないか。
「チャーハンは普通の一般的なやつ。名前はわからん。パスタはペペロンチーノとかカルボナーラとかかな。田辺さんは料理とかしないの?」
すると、田辺は少しばかり悲しそうな顔をし出した。
「したい気持ちは山々なんですけどね。どうしても時間がもったいないなーとか思っちゃうんですよね。一人暮らし始めたときに学べばいいかなと」
「あー。わからなくはない。俺も一人暮らしとか始めて、いざとなったらなんとかなるでしょ、とか思ってるもん」
と俺達は他愛もない会話を体感三〇分ほど交わした。そこで俺はふと気がついた。今日俺は、他の予定を持ち合わせていたことに。
「田辺さん、今何時?」
田辺はスカートのポケットに入ってるスマホをすぐさま取り出した。
「別に自分で確認してもいいですよ? それで今は15時40分です」
「わかった。ありがとう」
15時40分か。空閑との約束の時間って何時だったけ? と思い、俺もズボンのポケットから携帯を取り出す。
隣の田辺は不思議そうにこちらを見ているのが視界の隅で確認できる。俺が顔を上げたことによって田辺と俺の視線がぶつかる。
「……」
「……」
俺は田辺の目の奥を見透かす。すると、田辺が2回連続瞬きを二度ほどする。そして、田辺のほうから口を開く。
「あの……、何ですか?」
照れるかなと思って見てたんですけど。思いの外、全く照れている様子は見られない。むしろ少し怖がっているようにも見える。
「いや、なんでこっちずっと見てんのかなと思って」
田辺は俺から視線を逸らすこともせず、いたって冷静な口調で答える。
「日方くんが急にスマホを取り出したので何事かなと思いまして」
「ちょっと待ってね」
俺は田辺から視線を外し、すぐさま手元のスマホのメッセージアプリを開く。次に
そして、俺は思わず鼻根の上に人差し指と親指を置いた。……レッツスィンク。
────────────────────
二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます