32.招かれざる来客

 俺は絶句せざるを得なかった。理由は至極簡単で、空閑く が と図書館の体育館でバスケをする約束の時間をすでに過ぎていたからだ。

 さてどうする……。


 それと田辺た なべ にはどう説明して帰ってもらえばいいのやら。ってか、割と解決する問題が多いな。


 あいつとの約束の時間が15時半で今が15時40分か。時間的にはもう間に合いようがないが、まあ大した問題にはならないだろう。


「どうかされましたか?」


 田辺は俺の深刻な顔の様子を見かねてか、俺に心配の言葉をかけてくれた。いや、本当にそうだろうか。


「いや、大丈夫……じゃないけど、今整理中だからちょい待ち」


 すると、田辺はやや首を傾げた。


「整理中?」


「……」


 俺は田辺になんて答えればいいか考えあぐねる。


「よくわかりませんけど、私に手伝えることがあったらなんでも言ってくださいね」


 流石にクラス長なだけある。常に奉仕精神を持ち合わせているのかもしれない。


「わかった。ありがと」


 俺は一度頷いてから答えた。


 さて、やっぱりいくら遅れたからといっても、自分がその遅れを自覚している限りは空閑にちゃんと誤りのメールを入れたほうがいいよな。

 一応、横にいるやつにも聞いてみるか。


「田辺さん」


 田辺はすぐに、取り組んでいた数学の問題から顔を上げる。


「どうしました?」


 その田辺の声は、いたって平静だった。


「質問なんだけどさ、とりあえずこの、今日からの会話を読んでみてくんね?」


 俺はそう言いながら、空閑との個人トークの画面を開いたまま、自分のスマホを田辺に手渡す。


「わかりました」


 数一〇秒ほど、沈黙がこの場を支配する。


 田辺は読み終わったのか俺のスマホから視線を上げて、俺のほうを見る。


「もう時間、過ぎてますね」


「そう」


「それで日方ひ かた くんは、この後どうすればいいか迷っているということでよろしいですか?」


「うん。どうすればいいと思う?」


 田辺は自分の答えをすでに決めていたのか、すぐに彼女なりの解答を口にする。


「とりあえず、この画面を開いた時点で既読はついてしまっているので、謝りの文章を送ったほうがいいと思います」


 そして、「お返しします」と言いながら、田辺は俺のスマホを手渡してくる。


「わかった。助言ありがとう」


 やはり俺が思っていたことは間違ってはいなかったらしい。すぐさま俺は、田辺に言われた通りに謝りのメッセージを入れる。


 そして送信っと。


「それと……」


 田辺はまだ何か言いたげだ。おおよその予想はつくけどね。


「この後は、その、体育館にバスケをしに行くんですか?」


 俺の予想通りの質問だった。まあ、そりゃそうなるよな。というか、田辺が俺の家に遊びに来た時点でそれは言うべきことだったのかもしれない。

 しかし、生憎と俺もその答えは持ち合わせていない。どうするべきだろうか。


「田辺さん的にはどうしてほしい?」


 言ったあとに少し気持ち悪い質問だったかもしれないと思ったものの、まあ別にいっか、とも思った。

 なぜなら、この後に俺が取る行動によって、田辺の行動も左右されてしまうから。


 田辺は目を閉じながら「うーん……」とか言いながらひとしきり唸っている。


「私は……」


 そして目をかぱっと見開いた。


「どちらでもいいですが……」


 田辺の発言は俺が求めていたものとはだいぶ異なっていた、と冷静ぶっている俺だが、心の中では「私と一緒にここで勉強してほしいです」とか言ってほしかったなーと思っている。……切実に死んでほしい、この下心に。


「わかった。じゃあ俺が決めるわ」


 でも、マジで決まらない。このまま勉強してるのも割といいんだよなー。それに親からの評価もこっちのほうが絶対高い。

 理由は、うちのオカンは「勉強して成績さえ取っていれば基本的には何をしていてもいいよ人」だからである。


 これってうちのオカンに限らず、どこの親もそんなもんかもな。


「田辺さん、腹減ってない?」


 俺は自分の答えが決まらないうえに腹が減っていたので、田辺も一緒に飯に誘おうかと思っていた。

 すると田辺はまたもや手を止めてこちらに振り向く。


「何ですか」


 一瞬、田辺の目が俺を睨んでいたように感じたのは気のせいだと思いたい。それと、声に少しの怒気が孕んでいるように聞こえたのも気のせいなのだろう。


「いや、腹減ってないかなーと思って。ん?」


 突然、インターフォンが鳴った音が聞こえた。

 誰だ? 田辺も俺のほうを振り向いたまま「出なくていいんですか?」と俺に語りかけてくる。


「たぶん、母親が出てくれるから大丈夫」


「そうで――」


 突然、上の階から叫び声が聞こえきた。


「総司ー、出てー!」


 は? なんで俺が出なきゃあかんのじゃ。この目の前の子がかわいそうでしょうが。


「行ってきてもいい?」


「どうぞ。行ってらっしゃい」


 俺は少しばかり田辺には申し訳ないなと思いつつも、部屋から出る。

 それにしても、今の『行ってらっしゃい』めっちゃいいな。そんなことを思いながら俺は玄関に向かう。


 玄関に着いたところで俺は念の為に印鑑を取り、ドアを開ける。


「ありがとうございます……え」


「やっ……、ㇹー……日方」


 なぜに? いやホントに。あと、恥ずかしくなるくらいなら最初からその挨拶やめようね?


「ってか、なんで家……、いや、そりゃ知ってるか」


 彼女はふと、少し首を傾げる。


「なんかいつもより早口なうえに焦ってない?」


「……そりゃあ、急に家に来られたら驚くだろ」


 そんなに俺いつもよりおかしいだろうか? それとも自分では自分の変化に気づけないとはそういうことだろうか、と妙に悟ったことを考えていた。


「なんで来たんだと思う?」


「さあ……、まったくわからん。……なんか家から足音しないか?」


 そんなことを言いつつも、俺は内心凄く焦っていた。どっちだ? まあどっちにしろ最悪だが。

 すると、閉じていたドアが急に開く。


「大丈夫ですか日――こちらの方はどなたでしょうか?」


 そうか。こいつら面識ないのか。でも、最悪な状況なのは変わりないけどね。何とかごまかせねぇかな。


「えっとー……自分らと同じ学校の茅野椿 ちがや つばきさん」


「めっちゃぎこちないわね、あなた」


「いや、だって第三者を紹介するのとか初めてなんだもん。しょうがなくね?」


 茅野さんよ、こちらにも色々と事情があるのですよ。だからできるだけお前の情報は田辺には漏らしたくないんだよね。それを考えた結果、こうなっただけのことよ。


 俺の茅野についての情報があまりにも乏しすぎたのか、隣では田辺が茅野を凝視している。


「あの……何年生ですか?」


 そんな質問に茅野はさらりと答える。


「私は三年生。あなたは?」


「私はさ……」


「いもうと!」


 俺は田辺の声をかき消すレベルの大声で叫んだ。


「は?」


「えっ!」


「いや……」


 ここで田辺の学年を知られると色々厄介なことになりそうだったからね。その証拠に、茅野の声音が先ほどから冷たい気がするし。

 やっちまった……。


「日方、前一人っ子って言ってなかったけ? それにほんとだったら申し訳ないんだけど、あまりにも似てなさすぎじゃない?」


 まあ、たしかに。全然似てないっすね。


「でも、異性なわけだし似てなくても別におかしくはないだろ」


 茅野はその俺の意見も一理あると思ったのか、「それは、確かに……」とか言いながら顎に手を当てている。


「じゃあそれには納得してあげるけど、さっき日方が『いもうと!』って言ったときに彼女も驚いていたのはなぜ?」


 茅野は今度は俺ではなく、妹本人に話を聞きたいのか、田辺のほうを見つめている。


 その圧に気圧されてか田辺はおどおどし始める。なんて答えればいいのかがわからないのだろう。


「……急に大声を出されてびっくりしてしまっただけです」


 茅野の田辺を見る目が徐々に細められていく。


「……ほんと?」


「ほんとです」


「……。まあじゃあ今はそういうことにしといてあげる」


 お? 意外とあっさり信じてくれたな。茅野の声のトーンが随分投げやりなものにも聞こえたが。

 しかし、茅野はまだ喋ることをやめる気配が見られない。


「それであなたの名前は?」


「果歩です。日方果歩ひ かた か ほ です」


 俺はその名前を聞いて思ってしまった。なんか複雑。しかも凄く違和感がある。それにめっちゃむず痒い。


「そう。果歩ちゃんね。よろしく」


「はい。よろしくお願いします」


 そんな中、俺は一人安堵していた。これでとりあえず、茅野に俺と田辺の本当の仲を追究される心配はなくなったぜ。


「それで茅野はなんで急にうちに来たんだ?」


 茅野は凛とした表情で堂々と言葉をこぼした。


「空閑に言われたからよ」


 ……。


 突如として俺の頭の中は、湧き出る様々な疑問によって侵食されていく。


「今、空閑って言ったか? 空閑ってどの空閑だよ」


 俺が疑問を茅野にぶつけると、隣から囁かな声が聞こえてきた。


「たぶん、お兄ちゃんが思ってる空閑さんで合ってると思います」


 声が出なかった……。


 俺は田辺の不意打ちの『お兄ちゃん』呼びに驚嘆せざるを得なかった。そう、それはいわば今までに感じたことのない不思議な高揚感を帯びていた。

 ええ、これは絶対に癖になる(確信)。あとたった今、茅野が俺のことを冷めた目で見ていたのは気のせいだったと思いたい。


「そうよ。事情は後でゆっくりと話すから、とりあえず今から図書館に急いで行くわよ」


 そして茅野は俺の隣にいる田辺にも目を向ける。


「日方の妹さんも一緒に来る?」


「……はい。私も一緒に行きます」


 いつの間にか、謎のメンツを率いて区が経営している図書館に向かうことが決定してしまっていた。


「じゃあ、すぐ行くから日方と果歩ちゃんは運動できる服を持ってきて」


 俺と田辺は思わず顔を見合せた。

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二作目連載作品

『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839


↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。


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