30.田辺さん⑤

 いやー。ほぼほぼ初対面のクラスメイトに向かって、その言葉選びはないでしょう……と、今にもにやけそうな頬を必死に堪えながら思う。


 田辺た なべ は、少し疑問そうな顔をしながらなおも言う。


「どうしたんですか。 座らないんですか?」


 こいつ、絶対わざとやってるよな。男子の端くれとしてのプライドを持っている俺を舐めないでほしいところだ。


「いや、別にベッドに座りながらでも勉強はできるし? お気になさらず」


 なんとか言い切ることはできたが、少々早口だったうえに声が少し上擦っていた気がする。


「でも、それだとノートに字が書きづらいです。それに効率も悪いし、何よりその位置だと私が勉強教えて差し上げることができないです」


 差し上げるって……。なんで謙譲語使ったんだよ。

 それに、なんか地味に上から目線で少しむかつくな。


「たしかに……。あっ、そういえば二階に丸椅子があった気がするから取ってくるわ」


 俺はすぐさま部屋を立ち去り、二階へゴー。

 いやー、ホントにあいつ頭おかしいだろ。


 っていうか、もしや今までとそして今、これからも続くであろうあの丁寧な敬語も、実は俺をからかうための罠だったりして。

 そんなことを思っていると、俺はいつの間にか二階に到着していた。扉を開ける。


「……どうしたの?」


 ……。

 そういえば、オカンいたの忘れてたわ。


「いや、俺の部屋に椅子が一つしかなかったから取りに来ただけ」


「別に椅子二つも要らないでしょうに。ベッドの上にでも座って話せばいいじゃん。椅子硬いし疲れるし」


 まあ、普通はそう思うよな。でも、今日のオラは一味も二味も違うんだべ。


「まさか、あの総司そう じ が勉強? しかも彼女と二人で」


 流石に俺の親なだけあって、察しがいいようで。


「そう、その通り。でも、彼女じゃないからね。勝手に彼女にしないでくれます?」


「でも、あの子可愛らしい子でいいじゃん。わた……ママは結構好きだけど。ああいう子は、奥手に見えて実はある程度距離を縮めれた子には積極的になったりするものよ」


 やはり、俺とオカンは血が繋がっていることもあってか、考えていることが同じらしい。


「うん、知ってる」と言いながら、俺はキッチンに向かい、丸椅子を取った。


「ねえ、あの子とホントに喋ったこと全然ないの?」


 やっぱり気になるか、その質問。


「うん、まじまじの大まじ。色々とやばいよね、あの人。なんか、あの人の将来が心配になってきた」


 そんな俺の言葉を聞いたオカンは、半笑いになる。


「いやいやいや、総司、それは流石に気持ち悪いと思うし、気持ちがられると思うからやめなよ?」


「それも知ってる」


 オカンは一度、軽く嘆息する。


「それにしても、今どきの子は変わった人がいるのね。まあ、私の学生時代のほうがその何倍もやばかったけど」


 いや、いらないからそういうの。オカンのそういう系の武勇伝とか聞きたい息子、この世にいないから。


「ママなんて何回知らない子の家に……」


「いや、いいから。田辺も待ってるから、もう行くね」


 俺は丸椅子を脇ら辺に抱えて、忍者の如くその場を立ち去る。


「頑張んなさいよ」


 俺はおかんのそんな些細な言葉を背に残し、勢いよく扉を閉める。


「何をだよ」


 そして数一〇秒もしないうちに、自室の扉の前に着く。


 いや、待てよ。このまま、普通にドアを開けてもいいのだが、田辺の奴ワンチャンいたずらをしてる可能性がある。

 それに、俺の私物を勝手に漁っている可能性も捨てきれない。


 ここは田辺の信頼性を調査すべく、ゆっくりとドアを開け、バレるまであいつの行動を観察することにしよう。


 まあ、俺と田辺は別に何の約束もしていないわけだが、「暗黙の了解」というものも存在すると、少なくとも俺は思っている。


 このまま普通に気づかれないように開けてもつまらないし、田辺が何をしているかの予想でもしてみよう。

 俺の予想だと、「卒アル」を見ている。


 この卒アルというのは無論、高校を卒業したあとに、「少しなら犯罪にならないでしょ」という軽い思いを抱きつつ、アルコールを摂取することではない。


 思い出と共に、人によって空白のページ数が変化してしまうという怪奇現象を持ち合わせた、卒業アルバムのことだ。


 そんな悲しいびっくりドッキリ誰も待ち望んでないんだけどな。


 そして俺はついに、田辺に気づかれないようにゆっくりと、扉を開ける。


「……」


 俺は何とかほぼ音を立てない状態で、ドアを開けることができた。


 そして田辺はというと、特に何もしていなかった。ただただボーッと俺の机の横に飾られているアニメキャラを眺めていることしきり。


「はぁ……」


 俺は、自然に安堵ともがっかりともとれぬため息をこぼしていた。

 実は、ちょっと期待してた。何をとは言わないけども。


 俺はそのまま部屋に入る。


「ごめん、お待たせ」


 田辺は、つい先ほどまで眺めていた女キャラが載っているポスターからすぐに目を逸らした。

 ここは「知らぬが仏」というやつに則って、気づいてなかったことにしてあげよう。


「ずっと勉強してたの?」


 なんとか違和感なく、自然に言えたと思う。


「え、うん。ここの問題難しくて……、今参考書と睨めっこしてたところなんです」


「そっか」


 俺は抱えていた椅子を地面に置きつつ、その参考書とやらを横目で盗み見る。


「……」


 田辺と目が合った。たぶん、見てたのがバレた。盗み見れなかった。


「見ました?」


「いやー、見てないけど」


 田辺は俺の返答に納得いかなかったのか、一度小さく嘆息する。


「わかりました。すみません」


 随分とか細く、沈んだ声だった。


 それに、田辺の頬や耳は徐々にだが、その言葉を言う前から見る見るうちに赤くなっている。


「いや、何がごめんなのか俺にはさっぱりなんだけど。なんかいたずらでもしたの?」


 そんな田辺の顔はもう、りんごのように真っ赤になっていた。そして隣に飾ってあるポスターを指差す。


「いえ、このポスター持って帰って家に飾りたいなとか思ってすみません」


 え、こいつそんなこと思ってたのか。まあ、ホントに欲しいのであればあげることも考えてやらなくもない。


「ちなみにどのくらい欲しいの?」


 田辺は、顎にすっと手をやり考え始める。


「どのくらいですか……」


 ごめん。どのくらいって言われてもなかなか表現しずらいよね。普通に俺の質問が悪かったわ。


「そうですね……、額縁に入れて自分のベッドから直ぐ見える位置に飾りたいレベルでしょうか」


 ほう、たぶんこれは結構ほしいのではなかろうか。額縁に入れるって時点で相当だと思う。その額縁の値段にもよるが。


 ちなみに俺は、なるべく百均で済ませている。いや、むしろポスターの端の四箇所に画鋲を刺してそれでポスターを挟む感じで飾っている物のほうが多い。

 百円だって大事なお金なのだからなるべく金を使わないで飾りたいよね。百円ですら惜しいものだ。


「なるほど。なんとなくわかんないけど、なんとなくわかったからそのポスターあげるよ。持ち帰っていいよ」


「え、いいんですか!?」


「いいよ」


 その笑顔を見て誰が「やっぱりダメ〜」なんて言葉が言えようか。


 マジで女子の笑顔ほど、破壊力を持ち合わせているものがあるのだろうかっていうレベルでこの笑顔が尊すぎる。


「ちなみに、このキャラの名前とか知ってるの?」


 知らないだろうなとは思いつつも、俺は万が一に備えて確かめておきたかった。


「知ってますよ。桜ちゃん、ですよね?」


 なん、だと……。なんで知っているんだ? このアニメ見たことあるんだろうな、たぶん。


「アニメ見たことあんの?」


「いや、ないですけど」


 田辺の返答は即答だったものの、俺の予想していた返答とは異なっていた。


「え。なんでじゃあ知ってんの?」


 すると、田辺は近くの本棚に目線を移した。


「この桜ちゃんってあそこに置いてある本のヒロインですよね? ほら、あそこ」


 田辺はその本棚のほうに指を向ける。


「俺が椅子取りに行ってる間に読んでたのか?」


 田辺は、少しだけ顔を下に向け、しょんぼりと項垂れているように見える。


駄目だ め でしたか? 駄目であったならすみません」


「いや、たしか俺、最初に本を田辺が触ったときにいいよって言った気がするし、全然いいけど」


 すると、田辺の口元が突然にまごつき始める。それも聞こえるか聞こえないかのか細い声で。


「田辺……」


 やべ。つい呼び捨てにしてしまった。ダメだっただろうか。


「ごめん、嫌だった? つい 」


「……全然大丈夫ですよ。ただ、あまり呼ばれたことがなかったので。いつもさん付けばっかりで呼ばれてたので、新鮮で」


「ならよかった。普通に怒られるかと思って少しびびったわ。それで、『がくれき』もあれだったら貸そっか?」


 俺は先ほど座ったばかりの布団から立ち上がり、本棚まで行って本を手に取って彼女のほうに向ける。


「ほら、これ」


「え、ほんとにいいんですか?」


「流石にあげることはできないけど、返してもらえるなら貸すことは全然できる」


「ありがとうございます。ポスターももらえて本も貸してくれるなんて」


 いやいや、それほどでもないよ。だって女子に頼みごとされて断れる男子がどこにいるのよ。まじで余程のお願い出ない限りは絶対に断れない。


「そんなに喜んでくれてよかったわ」


「ほんとにありがとうございます」


「いえいえ」


「それで何巻持ってく? 一応、最新刊の13巻まであるけど 」


「うーん……」


 俺は机の引き出しを開けて何かいい袋はないかなと考える。


「でも、さっき読んだ感じ凄く面白そうだったので、半分の6巻くらいまでもらっていってもいいですか?」


「6巻ね。ちょっと待ってね」


 俺は、6巻付近がどのような内容だったかを振り返る。たしか、7巻で一旦キリがつく内容だった気がする。


「たしか、7巻がちょうど区切りのつく内容だった気がするから、7巻までのほうがいいかもしれない。それでもいい?」


「それでお願いします」


 田辺は、こくこくと縦に首を何度も振っている。


「おっけー」


 俺は目の前の袋達を出しては閉まったりと品定めをする。たぶん、これなら大きさも耐久性もピッタリだろう。

 そして、またもや俺は本棚のほうに戻っていき、つい先ほどまで言っていた七巻分を袋に入れて田辺に渡す。


「ほい、これ」


「ありがとうございます」


「俺はもう読み終わってるから返すのはいつでもいいよ」


「わかりました」


「……」


「……」


 あれ、会話が尽きてしまった。

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二作目連載作品

『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839


↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。

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