45.早朝祭
学校の最寄り駅からいつもの通学路を歩く。
しかし上着の中に着ている服は、前が無地、背中には『おしゃれな休憩所』と大きく書かれているうえに謎のイラストがプリントされているTシャツ。
俺のファッションセンスが曲がってしまったのだろうか? いや、違う。この服は着させられているだけだ。
それにこの服を今日学校に着ていくのは俺だけじゃないはず。もし俺だけだったなら俺は皆に裏切られたことになる。
すると、それに気づいた俺の中ではメラメラと闘志が燃え滾り始め「
と、しばらく歩いたところで自然と目の前に意識を向けていた。
そこにあるのはいつもとは違った様相の校門。地味な茶色のコンクリートの存在感が明らかにいつもより薄れている。
おそらく、校門の引き戸に派手な装飾が施されているのが原因なのだろう。そしてそこに立て掛けられている板には『
そんないつもとは違う雰囲気の校門をくぐり、立ち止まった俺はズボンのポケットからスマホを取り出す。
ほんの数秒ほどスマホを操作したあと、それを耳に当てる。
しかしいくら待っても彼が電話に出ることはなく、呼び出し音が強制的に鳴りやんでしまった。
あっらー、なんで出ないのー? と一人思っていると、俺の背中が不意に叩かれた。
俺はしょうがなく、そちらに振り向くことにした。すると……
「おっはよー!
「ん? あ、おはよう」
「ねぇー、なんか元気なくなーい?」
「いや、逆に朝からそんなに元気なほうがおかしいでしょ。異常者だよ、異常者」
そう言うと、七海は冗談っぽく怒りを露わにした。
「わっ、ひっどーい! 女子を異常者呼ばわりするなんてそれこそ異常者のすることだからね?」
「あ、そう? ……それより七海のその中に着てるTシャツって、クラスで買わされたやつだよね?」
「え、そうだけど。変?」
いやいやいや、変なわけないじゃん。似合ってるよ、超似合ってる。
っていうか、その裾のダボッとしてる部分をズボンの中に入れてフワっとさせる着方なに? めっちゃオシャレなんですけど〜。と素直に言えるはずもなく。
「いや、いいと思う」
思いのほか、俺の口から出たのはそんな素っ気ない言葉だった。
「……いいと思うって、よくないときに使う言葉だよね? え、やっぱり変ってこと!?」
そんなことを言ったあとに七海がちらっと校舎についている時計を見て、またこちらに視線を戻した。
「ねえ、もうそろそろ早朝祭始まっちゃうよー! 行こ! 」
そして俺がぼーっとしていると、七海が一瞬にして俺を抜き去った。と思ったら、今度はこちらに振り向く。
「あれ? 日方は行かないのー? 早朝祭」
「いや、行くけど」
だから俺は七海の後ろを大人しくついていくことにした。
×××
俺たちが黒いカーテンを捲りながら体育館に入ると、そこはすでに暗闇と化していてはっきりとは人の顔が識別できない。
そんな中、生徒たちのガヤガヤとした騒がしい声だけが妙に耳に届いてくる。
「人がいっぱいだねー。あっ、あれ
とか言って、七海はどこかに走っていってしまった。
ってか、この暗さで人を判別できるの凄くない? そういえば、俺のことだってさっき後ろ姿だけで見つけてたし。
すると、
「ごめんね! 違う人だったみたい……」
「あ、うん。別にいいけど」
え、違う人だったのにあんなに自信満々な感じだったの? ちょっと俺、この子のことが怖くなってきたんだけど。
「ありがとう! それで、日方はどこに座りたい?」
「ん? あ、席ね。ちょっと待ってね」
俺は
「誰か探してるの?」
どうやら視線を
「あ、うん。でも、見つけたからもう大丈夫」
「ならいいけど……」
そうか、まあそりゃそうだよな。別にあいつと約束を交わしたわけじゃないんだし、浅間が他の連中と一緒にいようとそれはあいつの自由だ。
「七海はいいのか?」
ついその言葉が口から漏れ出ていた。
「え? 何のこと?」
「あ、いや、何でもない」
俺がそう言ったものの、七海はどうしてもさっきの問いの意味を知りたかったらしく、何度も俺に聞き返してきた。
だから俺は話を逸らすことにした。
「……あ、席ここにしよっか? ね?」
「むぅ……」
頬っぺたを膨らまして、そんな可愛い顔したってダメなものはダメだぞ。
「もう! ……わかった、そうする」
ふてくされながらも、七海は素直に俺が腰掛けた隣の席に座ってくれた。
「あ、なんか始まったよ!」
七海がそう言ったので、浅間に無意識に目を向けていた俺も思わず前を見た。
すると、そこではステージの舞台幕が上がっている最中だった。それと同時に爆音で音楽が流れ始め、それに追随するように様々な色の照明が縦横無尽に動き回っている。
何が始まるんでしょうね〜? と俺は一人心の中で知らんぷりをかます。
そしてステージの幕が上がりきると、その瞬間に音楽と暴れ回っていた照明が止み、ステージの真上に据え付けられている照明だけがぱぁーっと光りを放ち、ステージ全体を照らした。
だが、肝心のステージ場には誰も立っていなかった。
とその時、爆音で流れ始めた音楽とともに体育館の舞台袖から大量の人が飛び出してきた。おそらく、ダンス部か何かだろう。
それに圧倒された観客たちからは遅れて耳をつんざくような声が発せられる。
「ちなつせんばぁぁぁ―――いっっ!」
「キャ―――ッ! かわいいーーーッ!」
「ここあ―――っ!」
「待ってたよぉぉぉ―――ッッ!」
と、みなが思いの丈を叫び始める。
ってか、うるさ。超うるさい。ホントにうるさいマジうるさい。
と思いつつも、隣の奴にも目を向けてみる。
「かえちゃぁぁ―――ん!」
やっぱり、叫んでいた。……うん。隣から声が聞こえるな、とは思ってたよ。
それにしてもだ。俺はなんでこう勘違いをしてしまうんだろうか? 何より、そんな自分の理想像を友達に押し付けている自分が許せなかった。
×××
早朝祭が終わり、体育館の出口は大勢の人でひしめき合っていた。
だから俺たちは、今出口で賑わっている人たちがいなくなってから席を立つことにした。
ふと、七海が言葉を発する。
「楽しかったねー! 」
そう言った七海は本当に、心の底からこの文化祭を楽しんでいるのが伝わってきて、人を楽しませる笑顔とはまさにこのことをいうのだろうと思った。
「うん。そうだね」
「えぇ〜、なんかあんまり楽しくなさそう……」
なぬぬぬぬ。そんなことないよ? ただ、この後のことが不安すぎるだけで。
「いや、めっちゃ楽しかったよ」
「ホントに? ならいいけど。……もし、何か悩んでることがあるんだったら私で良ければ相談に乗るから、遠慮なく言ってね」
七海はどうやら俺が思っている以上に優しい女の子だったらしい。
「わかった。ありがとう」
すると、急に俺の肩口が重くなった。俺は後ろを振り返る。
「よっ、日方。お前らもいたんだったら声かけてくれればよかったのに」
こいつは何を言ってやがるんだ? 電話をしたのに出なかったのはお前のほうでしょうが。
「いや、電話したんだけど? なんで出なかったんですかね? 理由をお・し・え・ろ」
「え……あ。ホントだ、すまん。マジで気づかなかったわ。マナーモードにしてた」
と、浅間はばつが悪そうに言った。
「まあ、俺も人のこと言えねぇけどな。やっぱり通知オフとかにしてたら気づかんよな」
「そうそう。だから、しょうがない」
……こいつめ。俺が都合のいいことをちょっと言っただけですぐ調子に乗るんだから、油断ならない。
「まあごめんってことで今回は許してくれ。あと、軽音部やるから後で見に来いよ! 七海も一緒にな」
「うん! 楽しみにしてる!」
それだけを言うと、浅間はそそくさと歩いていってしまった。おそらく、軽音部のメンバーで最後のリハーサルでもあるのだろう。
俺は七海のほうに顔を向けながら言う。
「もうほとんど出口に人いないし、俺たちも行くか」
「うん! そうしよっか!」
と、俺が立ち上がると目の前を一人の少女が通り過ぎる。
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二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
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