46.文化祭(紅祭)開始!
俺はその少女から漂う
「「……」」
一瞬の沈黙。俺が彼女の名を口にしようとしたときには、すでに俺の視界にその姿はなかった。
「今、
「いや、今のは完全に
でも、なんで俺のことを無視したんだ? それとも、無視したんじゃなくて俺の存在に気が付かなかったのか?
「なんで声かけてくれなかったんだろう……」
どうやら
「普通に俺たちに気づかなっただけじゃね?」
「そうかな……ってもう人いなくない? 私たちももう行こう?」
「え、うん」
俺は自分の中で固まりつつあったその答えをもう一度だけ反芻した。
×××
俺が通っている学校である
ということは……二日目には俺の両親も来るかもしれないということである。
きゃー! 来ないでー! ヘンタイヘンタイヘンタイと言いたいところではあるが、まあ俺ごときが両親に逆らえるはずもなく、その件については黙認するしかないのである。そもそも、自分が何もできなかった赤ん坊時代から俺は両親に育てられてきたわけで、そのときのことをぶり返されてしまってはこちらに勝つ術もない。
特に、親の愛情が強ければ強いほどこれは顕著に現れることだろう。
「このぐらいにして、そろそろ続き読むか……」
と手に持っている文庫本に再度視線を落とす。どうやら今この時間は各クラスの最終準備時間に充てられているらしく、『おしゃれな休憩所』とかいう謎の出し物をするうちのクラスは前日までに全てを終わらせてしまっていたため、やることがない。
だから俺は文化祭中にも関わらず、一人で本を読むことにした。それも、周りには誰もいない三階に設けられている勉強スペースで。
いつもなら本を読むことが俺にとっての至福の時間になるわけだが、今日はどうしても目の前の物語に没入できそうもない。だって、自分の胸の鼓動が俺を邪魔をしてくるから。はぁ、なんてことだ……。
と、ふいに天井のほうから雑音が聞こえてきた。
『あ、あ、あ。よし、入ってる。では皆さん、只今から〔紅祭〕を開始いたします!』
その合図とともに遠くから騒がしい声が聞こえてきた。俺はそれに呼応するように席を立ち上がった。
×××
教室のドアを開けると、みなが俺に視線を向けてきた。すると、一人の女子が俺に話しかけてくる。
「あ、日方くん。どこに行ってたんですか? ずっと探してたんですよ」
俺を探してただと? え、どういうこと? 俺のそんな表情を汲み取ったのか、
「日方くん、私と受付の当番ですよ」
え、当番? 俺の当番ってまだだったような気がするんだけど……。
「俺の当番って、昼ご飯のあとじゃなかったけ?」
「はい。でも、なんか変わってたみたいで……」
いやいやいやいや、聞いてない聞いてない。そんなこと、聞いた覚えないんですけど。
……まあ終わったことは言ってもしょうがないか。ささっと当番の役目を果たすとしよう。
「わかった。ごめん、知らなくて。でも、見た感じまだ誰も来てないみたいだし今からやるわ」
「……はい。よろしくお願いします」
え、この人も当番なんだよね? なんか凄く他人行儀というか、なんというか。まあいっか。
「うん。よろしく」
そしてくるりとターンし、俺は教室を出る。
廊下には椅子が二脚と長机が一つ置かれていた。とりあえず、俺はどっこいしょと教室のドアから遠いほうの椅子に腰を下ろすことにした。
それにしても、机の上に置いてあるこの白紙はなんだろうか。誰かの忘れものなのかも? なら、届けなきゃ! と俺は席を立つ。すると、教室のドアが勢いよく横にスライドされた。
「遅れてすみません。クラスの人数が足りなくて……ってあれ、どこかに行くんですか?」
教室から出てきた田辺と視線がバッチリと合ってしまった。俺はなんてごまかそうかと首をポリポリと掻く。
「い、いやー……どこにも行かないよ? ほら、なんか全然客が入ってこないなーと思って。宣伝でもしたほうがいいかな、なんて……」
バカか、俺は。客なんて来るわけねぇだろ。まだ文化祭は始まったばかりなのに、序盤から休憩所に来るアホなんているわけねぇじゃん。その証拠に目の前にいる田辺も呆れているように見える。
「は、はぁ……宣伝は、しなくていいと思いますけど」
前から思ってたけど、この人って見た目に反して結構物怖じせずになんでもズバズバ言うよね。
「だ、だよね。じゃあ、宣伝するのやっぱやめるわ」
「はい」
俺がそのまま腰を曲げて再び椅子に座ると、田辺も「ここ、座りますね」とかなんとか言って、俺の横にあるドアに近いほうの椅子に腰を下ろした。これができる男だったならば、田辺を今俺が座っている席に座らせてたのかもな、とか思ってしまう。
「「……」」
気まずい。俺はその沈黙から目を背けるようにズボンのポケットからスマホを取り出し、『紅祭』と書いてあるアプリを立ち上げる。すると、隣から視線を感じた。
「何してるんですか?」
俺は思わず彼女のほうを見やる。一応仕事中だから、スマホを弄ってることについて怒られちゃうのかな? やだ、怒られたくない、と田辺の質問に少し怯えながらもすぐにいい言い訳も思いつかなかったので素直に答えることにした。
「えっとー、文化祭のスケジュールを調べてるだけ」
「……そうですか。なんかの公演でも見に行くんですか?」
どうやら俺の心配は杞憂に終わったらしい。ってか、なんで俺が公演のスケジュール見てるってわかったの? と思いつつも、それは心の中に留めておくことにする。
「うん。軽音部は一通り見ておきたいなと思ってて……。去年も軽音部はほとんど全部見たし。田辺さんは軽音部とかは見に行ったりしないの?」
「私は……そうですね。音楽は普段聞かないので、知らない歌がほとんどだと思いますし、自分から進んで軽音部の公演を見に行きたいとは思わないですね。あの場の空気感も私には合わないですし……」
ほう、まあ何となくそんなんだろうとは思っていた。それにしても……
「空気感って?」
「私、軽音部の公演に直接行ったことはないんであくまで私の想像ではあるんですけど、皆の空気に合わせてタオルを回したりするのをあまり好まないので……無理やりに盛り上げている感じがこちらにも伝わってきて、私はあの空気を拒絶してしまうんですよね」
拒絶ね……随分と強い言葉を使うんだな。でもあれだよな。行ったこともないのに勝手に私には合わない、なんて決めつけるのもよくない気がする。
「田辺さんの言っていることもわからなくはないけど、一回行ってみたら? ほら、それで楽しかったらなんか損してる気分にならない? まあ、無理にとは言わないけど」
田辺も俺の言っていることには思うところがあるらしく、少し悩んだあとにこう付け加える。
「……それもそうですね。足を向けてみることにします。ライトノベルも日方くんに貸してもらうまではあんなに面白いものだなんて想像もできなかったですし」
「まさかそんなに『がくれき』にハマってもらえるだなんて思ってなかったわ」
俺が田辺に『がくれき』というラノベを貸してからというもの、彼女はあっという間に俺が貸した分を読み切ってしまい、その続きを貸したもののそれすらもすぐに読み切ってしまったのである。
「13巻の桜さくらちゃんが可愛すぎました。癒しです、やばいです。私はもしかしたら桜ちゃんのために生きているのかもしれません。14巻が楽しみすぎます!」
俺はそんな田辺の言葉に苦笑を漏らしてしまう。
「いや、そんなことはないと思うけど。でも、14巻が楽しみっていうのは俺も同じ気持ちじだけどね」
「はい! それで主人公さんには是非とも桜ちゃんと付き合ってほしいです。ラブコメディー自体も私は今まであまり読んだことがなかったんですけど、読んでみるといいものですね。私も恋愛をしてきたくなってきました」
俺は田辺の口から発せられた最後の言葉に返す言葉が見つからず、何も彼女に言ってあげることができない。そんな俺を見かねたのか、田辺が俺より先に口を開いてくれる。
「日方くんは、桜ちゃんのように恋愛してたりするんですか?」
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二作目連載作品
『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839
↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。
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