47.友達との出し物巡り

 ストレートな田辺た なべの問いかけに最初に音を立てたのは、俺の手からするりと落ちたスマホだった。


「大丈夫ですか?」と言いながら、床に落ちたスマホを拾ってくれようと腰を机の下に屈めてくれた田辺を、俺は手で制しながら自分でスマホを拾う。


「うん。手から滑って落ちただけだから全然大丈夫。見た感じ画面も割れてないし」


「良かったです」


 田辺は俺の言葉を聞いて安心したのか、隣でほっと胸を撫で下ろしていた。と、一組の男女が俺たちの店の前で足を止めた。そして二人で何かしらをこしょこしょと話したあとに、男子のほうが俺に話しかけてくる。


「あの、看板に『休めるだけじゃなくて食べ物と飲み物も置いてあります』と書いてあるんですけど、何が置いてあるんですか?」


 食べ物と飲み物が置いてあります、とここで俺が答えると堂々巡りになるのは目に見えているので、俺は彼の質問の少し奥に切り込むことにする。


「えっとー……」


 とかなんとか言いながら、何が置いてあったかなーと考えていると……


「ポップコーンと板チョコ、あとはラムネやえまい棒です。食べ物で置いてあるのはほとんどが駄菓子ですね。飲み物はオレンジジュースやりんごジュースなどの果実飲料から炭酸飲料も揃えてあります。水ももちろんありますよ。中だけでも見に行かれますか?」


 その田辺のあまりの饒舌ぶりに、俺に質問してきた男子といつの間にかそのすぐ隣まで来ていた女子、そして俺までもがびっくりしていた。


「あ、ありがとうございます」と男子は言ったあとに、すぐに隣にいる女子に話しかける。


「どうする?」


「あたしはいいかなー、こうきがどうするか決めていいよ」


 すると、男子は俺のほうではなく今度は田辺のほうに顔を向けた。役立たずでごめんなさいねー(怒)。


「あの、今回はいいみたいなんでまた来ますね」


 そう言うと、二人とも踵を返してゆっくりと歩いて行ってしまった。


 俺は仲睦まじそうに歩いていく二人の背中を少しの間だけ目で見送ったあとに、田辺に素直にお礼を言うことにした。


「ありがとう。助けてくれて」


 田辺はそんな俺の言葉を聞くと、こちらに顔を振り向かせた。


「全然大丈夫ですよ! どんな物が置いてあるかは大体把握してましたので」


 捉え方によっては皮肉にも聞こえるその言葉だったが、俺は田辺のその微笑みを見て、それが皮肉交じりの言葉だとはとても思えなかった。


 とそんなこんなで特に大きな問題も起こることはなく、俺と田辺の受付係の時間が終了したのであった。


「じゃあ、ありがとね。誰も店には入らなかったけど、喋ってて楽しかった」


「はい、こちらこそありがとうございました。楽しかったです。私を軽音部の公演に連れていくの、忘れないでくださいね!」


 俺はその田辺の言葉に少し笑いながら小さく頷きを返し、すぐ近くにあった階段を一歩一歩確かめるようにゆっくりと、そして慎重に上り始めた。


 ×××


 少しの間歩いていると、待ち合わせていた友達二人が長テーブルに隣同士で座っている姿が俺の視界に入ってきた。

 と、二人がほぼ同時に俺を見てくる。


「お、日方ひ かたじゃんー」


「うぃっすー」


 まだ彼ら二人と俺の間にはやや距離があったため、声が間延びしていた。俺はそれに軽く手を挙げる。


「来たよー」


 近くまで行き、俺は気の抜けた声で二人に話しかけた。


「会うの久しぶりじゃない?」


 会ったときに『うぃっすー』と言ってきたマンバンヘアの瓜島うり しまが本当にそう思っているのかいないのかよくわからないトーンで俺に聞いてきた。


「たしかに。まあクラスも一年のときと違って一緒じゃないし、授業も全然かぶってないから会う機会も前に比べるとめちゃめちゃ減ったよね」


 すると、最初に『お、日方じゃんー』と言ってきたウルフヘアの影山かげ やまが一言だけ付け加える。


「それな」


 やはりいつも通りの何とも生産性のない会話だった。けれど、俺は案外こういうどうでもいい会話が好きだったりする。


「よし。日方も来たことだし、店回るか!」


 とマンバンヘアの瓜島が椅子から立ち上がりながら言い、俺たちはその場を後にした。


『マンバンの瓜島』と『ウルフの影山』と覚えておくと、ヤンキーの通り名っぽくてカッコいいかもしれない。


 ×××


 俺たちはとりあえず一通り校内を見て回ることにした。


 いくら文化祭専用のアプリでスマホからどんな模擬店があるか確認することができるとはいえ、実際にその場に行ってみないと雰囲気や規模が掴めないからな。


「へぇー、ここはボーリングができるのか」


 マンバンの呟きを聞いてウルフとの喋りを一旦中断し、俺もその店に目を向けてみる。


 教室のドアには『ボーリング場の入口はこちら』と書かれていた。そう書かれてしまってはマイボールを所有している俺が通り過ぎるわけにもいかない。


「寄ってもいい?」


 俺が二人に向かってそう聞いてみると、「いいけど……」とマンバンが答えてくれた。二人ともあまり乗り気ではなさそうだったが、入らないで後悔するよりかは入って後悔したほうがいいと思い、俺は教室に足を踏み入れる。

 すると、渋々といった様子で俺の後ろを二人ともついてきてくれた。


「やられますか?」


 教室の中に入ると、一人の男子生徒が何故か申し訳なさそうに俺に話しかけてきた。申し訳なさそうにしている理由がよくわからなかったが、その問いに俺は素直に答えることにした。


「いや、やられたくはないです」


 場の空気が凍った。目の前の男子生徒も「は? 何言ってんだこいつ」と言わんばかりの目で俺を見てくる。

 やっば、鬼スベった。ここは何か言い直さなければ……。


「あ、いやや。やりますやります」


「わかりましたー」


 最初におどおどしながら俺に話しかけてきた男子生徒とは別人なのではないか、と疑ってしまうほどに彼の返事は爽やかだった。

 彼は言葉を続ける。


「じゃあ、これを二球投げてください」


 と、俺の手には、自分の手よりも二回りほど大きくて赤いソフトスポンジボールが渡された。


「倒した本数によって景品が変わります。前の壁に貼ってあるのがその指標です。レーンは『簡単』と『難しい』で二つあるので、どちらか好きなほうを選んでください。こっちが簡単で……こっちが難しいになります」


 俺は男子生徒が『難しい』と口にしたときに手で指し示したほうのレーンに移動した。そして目の前の壁の指標とやらに目を向けてみる。そこには――


 0~3ほん  あめ

 4~7ほん  くっきー

 8~10ほん ちょこれーと


 と青いマーカーペンらしきもので書かれていた。


 明日来るであろう幼児たちに備えてカタカナや漢字で書ける単語を全てひらがなにしているのがなんとも親切だ。ただ、それが書かれているものがダンボール感丸出しなのが少しクスッと笑える。


「どっちのレーンのほうが難しいんですか?」


 今度は足元に視線を移し、目線だけでその周囲を行ったり来たりしてみる。俺の目に映ったのは床に貼られたカラフルな色のテープが四本。その上にも何やら文字が書かれていた。


「高校生は一応、一個後ろにある緑のテープから投げることになってます」


 なるほどなー。どうやらボールの投げる位置を幼稚園生、小学生、中学生、高校生以上と四つに分けているらしい。そしてやや下を向いたまま目線を前に移した。

 すると、目の前にはボーリング場とほぼ同じ配置で置かれているペットボトルが一〇本置いてあった。その上、その一〇本のペットボトルらはカラフルなテープで色づけられている。


 そろそろ投げるか、と思い俺は腕を思いっきり腰の後ろまで持っていき、それをそのまま前に押し出す勢いを殺さずに投げてみた。


 ボンッ。


「えっ……」

────────────────────




二作目連載作品

『いじめられていた私がJKデビューをしたら同じクラスの男の子から告白された件。でも、ごめんね。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330654542983839


↑こちらも是非ともよろしくお願いいたします。





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